sarorunの気ままなぶらり旅

旅先での自然、遺跡、グルメについて気ままに呟きます

海外旅行回想録1990年〜ペルー編(1)

初めての海外旅行(トルコ)から約1年後、運良く長期間の春休みが取れることになりました。どうせなら、この際、滅多に行けない場所へ行こうと思い、アフリカか南米辺りを考えていた所、書店でたまたま、マチュピチュ遺跡へ行ったユーミンが写っている雑誌を見つけました  (下の雑誌  エスクァィア日本版別冊 January 1990 No.2 TIERRA 松任谷由美、南米冒険記。1990年1月5日発売、ユーミンが若い!(笑))。この雑誌を読んで、自分もユーミンのようにこの場所で写真を撮りたいと思い、ペルーへ行くことに決めました。

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平成2年3月11日(日)〜3月19日(月)

チチカカ・インカ・ナスカ9日間(近畿日本ツーリスト)

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旅の概要ですが、①ペルーの首都リマ、②インカ帝国の首都クスコ、③空中都市マチュピチュ、④チチカカ湖畔の街プーノ、⑤砂漠上の地上絵で有名なナスカの順に回った後、①リマに戻りました。 初回は、①リマから②クスコです。 

[1日目(3/11)]

成田14:55発  大韓航空KE-002便にて、 空路、ロサンゼルス経由でペルーの首都リマへ。なお、前回一緒だった友人は同行せず、今回は一人でのツアー参加。

国際日付変更線通過し、ロサンゼルス7:20着

ロサンゼルス11:55発AR-385に乗り継いで、リマへ(メキシコシティ経由)。

f:id:YOSHI88:20200817141350j:plainリマ2:00(3/12)着。

丸1日かけてようやく地球の裏側に到達。現地時間では深夜。空港から宿泊先のホテル(グラン ホテル ボリーバル)へ直行。

疲労困憊状態でホテルに到着。直ぐにでも横になりたかったのだが、事もあろうに部屋にはベットが無く、至急手配してもらう。

[2日目(3/12)]

7:00発のクスコ行きの便に乗るため、早朝、慌しくホテルを出発。

ホテルでは一人部屋で熟睡してしまい、いきなりロビー集合時間に遅れてしまう…以後、添乗員に目を付けられる羽目に(笑)。

クスコ

f:id:YOSHI88:20200817141956j:plain空路1時間程でクスコに到着。標高3310メートルで、かなりの高地にある。

f:id:YOSHI88:20200817142252j:plain空港からサボイ インターナショナル ホテルへ直行。

f:id:YOSHI88:20200817142612j:plainホテル到着後、コカ茶(マテ茶)のサービス。高山病に効くらしい。

f:id:YOSHI88:20200817143211j:plain部屋からの風景。のんびりとしたクスコの日常が垣間見える。

f:id:YOSHI88:20200817143610j:plainようやく昼食。だが、注文したインカコーラの瓶の中に何やら黒っぽい異物が…何とハエの死骸が混入!どうやら、栓を開ける前から入っていたようで、瓶ごと取り換えてもらう。これがペルーか?!しかし、リマからトラブル続き(苦笑)…   でも、インカコーラは、炭酸は弱めで旨く、クセになる味。 

昼食後、クスコ市内観光へ。 

太陽の神殿(サント・ドミンゴ教会内)

f:id:YOSHI88:20200819132050j:plainサント・ドミンゴ教会入口。スペイン人が造った教会だが、元はと言うとインカ時代のコリカンチャ=太陽神殿。スペイン人がインカ人が造ったコリカンチャの土台の石組を利用し、その上に教会を建てたもの。

f:id:YOSHI88:20200819101247j:plain広い中庭のあるコロニアルスタイルの教会建物。

f:id:YOSHI88:20200819101848j:plain中庭にある井戸。ひとつの石をくり抜いて造られている。

f:id:YOSHI88:20200819102651j:plain教会の回廊内に飾られた宗教画。

f:id:YOSHI88:20200819102711j:plain回廊の周囲には、インカ時代の石組みが復元されている。

f:id:YOSHI88:20200819102551j:plain建物内部に残されている石組みはどれもよく磨き上げられており、パズルのピースを組み合わせるように巨石が嵌め込まれている。カミソリの歯一枚通らないといわれる緻密で正確な石組みの技術と意匠的な美しさには、感嘆する他にない。

f:id:YOSHI88:20200819102521j:plain虹の神殿にある台形の飾り窓(壁龕、ニッチ)。この神殿にある台形の窓は、その隣の部屋(犠牲の部屋)とそのもう一つ隣の雷の神殿にある、台形の窓と全く同じ形で全く同じ高さになっている。

f:id:YOSHI88:20200819102633j:plain壁は垂直ではなく、斜めに(内側に10度)傾いている。これと凹凸を利用した石組みとが相まって耐震構造になっているらしい。1950年にクスコで起きた大地震の際、コロニアル建築は被害を被ったが、インカの建築物は地震でもびくともしなかったというのは、あまりにも有名な話。 

サクサイワマン城塞跡

f:id:YOSHI88:20200821161203j:plainサクサイワマン城塞跡は、海抜3700メートルで、富士山頂とほぼ同じ標高に位置している。このためか、添乗員がここで高山病でダウンしてしまうトラブル発生!以後、現地ガイドのみの案内に。

f:id:YOSHI88:20200821161147j:plainクスコを守る砦で、巨石を積んだ3段の石垣が360メートルも続いている。なお、サクサイワマンとは、ケチュア語で「お腹がいっぱいになったハヤブサ」を意味している。

f:id:YOSHI88:20200821161235j:plainサクサイワマンから見るクスコの街。

f:id:YOSHI88:20200821161309j:plain城塞の上部に残るムユック・マルカ(丸い塔)の基底。

ケンコーの遺跡

f:id:YOSHI88:20200821161456j:plain「ケンコー」の名前は、ケチュア語のジグザグ、を意味する言葉に由来している。宗教施設のようだ。

f:id:YOSHI88:20200821161519j:plain生贄の台。ここでもマヤ文明のように生贄の儀式が行われていたのだろうか?

f:id:YOSHI88:20200821161655j:plainジグザグ状の溝。

f:id:YOSHI88:20200821161714j:plainピューマ岩。これを囲んで宗教的な儀式が行われたと考えられる。

タンボマチャイ

f:id:YOSHI88:20200821161832j:plain標高3750メートルにあるインカ時代の沐浴場。1年中同じ水量が流れ続けているが、泉の水源は分かっていない。

フォルクローレ・ショー

クスコのレストランでフォルクローレ・ショーを見ながらの夕食。f:id:YOSHI88:20200820185653j:plain定番の哀愁漂う「コンドルは飛んでいく」。

f:id:YOSHI88:20200820185715j:plainピスコサワー(カクテル)。ピスコ(ブドウを蒸留した焼酎)に、卵の白身、レモン、砂糖を混ぜてシェイクし、カネラ(肉桂)の粉を入れたもの。甘くて飲みやすいが、アルコール度が高いため、要注意。

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f:id:YOSHI88:20200820185817j:plainアンティクーチョ (牛のハツの串焼き)。

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f:id:YOSHI88:20200820185947j:plain民族舞踊には、くるくると回転する踊りがつきもの。

f:id:YOSHI88:20200820190047j:plainフォルクローレの音色は、雄大アンデスの山々の景色を想起させ、何故か懐かしい気持ちにさせられる。

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クスコの夜も更けて…。明日は、旅のハイライト、マチュピチュへ(続く)。

海外旅行回想録1989年〜トルコ編(6:最終回)

今から30年程前で、昭和から平成に変わったばかりの頃、初めての海外旅行でトルコへ行ってきました。f:id:YOSHI88:20200620184615j:plain

今回(最終回)は、現首都の⑧アンカラと、ビザンチンオスマン帝国の都①イスタンブール(ブルーモスク、アヤソフィアトプカプ宮殿、ガラタ橋等)です。

[7日目]

午前、カッパドキアを後にしてアンカラへと向かう。

 途中、広大な塩水湖のドゥズ湖を通過する。f:id:YOSHI88:20200722153124j:plainf:id:YOSHI88:20200722153146j:plain面積は琵琶湖の5倍もある。f:id:YOSHI88:20200722153216j:plain白く見える所が塩。

 アンカラ

午後アンカラ市内観光。

f:id:YOSHI88:20200722161248j:plainアタチュルク廟。トルコ建国の父ムスタファ・ケマル・アタチュルクが眠る霊廟。

f:id:YOSHI88:20200722163610j:plain建物を取り囲むようにある回廊は博物館になっている。

f:id:YOSHI88:20200722164119j:plainここは、アンカラ市街全体を見渡せる、アンカラ屈指の眺望スポット。

f:id:YOSHI88:20200722164231j:plainアナトリア文明博物館。人類史上最初に鉄製の武器を使用したヒッタイト王国の展示品等がある。

f:id:YOSHI88:20200722165801j:plain近代的なアンカラ市内。

夜、空路イスタンブールへ。

[8日目]

イスタンブール

午前、イスタンブール市内観光。

f:id:YOSHI88:20200722171908j:plainイスタンブール新市街。ヨーロッパ風の街並みが広がっている。

f:id:YOSHI88:20200722172004j:plainタキシム広場。新市街の交通の中心。
f:id:YOSHI88:20200723172319j:plain旧市街と新市街とを隔てる金角湾。対岸に見えるのが、旧市街のイスラム教モスク。

f:id:YOSHI88:20200724170021j:plain新市街側から旧市街側へ。ガラタ橋近く。

f:id:YOSHI88:20200723172035j:plain旧市街側の主要駅のシルケジ駅。

ヒッポドローム

イスタンブールの観光の中心地スルタンアフメット地区(旧市街)にある、ローマの大競技場跡の広場。2本のオベリスクが残っている。

f:id:YOSHI88:20200724181256j:plainテオドシウス1世のオベリスク。エジプトのカルナック神殿から運ばれた。柱には、ヒエログリフが刻まれている。

f:id:YOSHI88:20200724181315j:plain台座には、このオベリスクがどのように建てられたかが描かれている。

f:id:YOSHI88:20200724181337j:plainコンスタンティヌス7世のオベリスク。元々は金メッキされた青銅製の板で覆われていたが、現在は石積みの中核部分が現存している。


ブルーモスク(スルタンアフメット・ジャーミィ)

f:id:YOSHI88:20200723160616j:plainアフメット1世の命により1616年に完成。トルコを代表するイスラム寺院で、旧市街の観光の中心。

f:id:YOSHI88:20200723160645j:plain頭上を飾るドームの美しいモザイクタイル。

f:id:YOSHI88:20200723160708j:plainステンドグラスも華やか。


アヤソフィア

f:id:YOSHI88:20200723163047j:plain西暦330年にローマ帝国コンスタンティヌス1世により建設され、15世紀までギリシア正教大本山として君臨。1453年にコンスタンティノープル陥落後は、イスラム教のモスクに改修。1934年以降は、無宗教の博物館として一般公開されている。

f:id:YOSHI88:20200723163117j:plain入口入ってすぐの内拝廊にある「皇帝の門」のモザイク画。

f:id:YOSHI88:20200723163301j:plain幼いキリストを抱いた聖母マリアに献上するユスティニアヌス1世(左)とコンスタンティヌス1世

f:id:YOSHI88:20200723163322j:plainベルガマの大理石で作られた大きな壺。

f:id:YOSHI88:20200723163352j:plain円形ドームに覆われた広大な内部空間。

f:id:YOSHI88:20200723163519j:plainイスラム教時代に設置された直径7.5mの円盤。全部で8種類ある。


f:id:YOSHI88:20200723163804j:plain聖母マリアの手形。窪みに親指を入れて、あとの4本指の指先で柱から離すことなくぐるりと円を描けたら、願いが叶うと言われている。

トプカプ宮殿

f:id:YOSHI88:20200724213252j:plainボスフォラス海峡と金角湾、イスタンブールの街全体を見渡すことができる小高い丘の上にあり、コンスタンティノープルを制圧したメフメット2世によって建てられた。

f:id:YOSHI88:20200724213409j:plainf:id:YOSHI88:20200724213453j:plain東洋陶磁展示館にある陶磁器。

f:id:YOSHI88:20200724215238j:plainf:id:YOSHI88:20200724213650j:plain宝物館にある展示物。

ナイトクラブ

f:id:YOSHI88:20200725014937j:plain最後の晩餐は、イスタンブールのナイトクラブ。

f:id:YOSHI88:20200725015258j:plain迫力満点の本場ベリーダンス

f:id:YOSHI88:20200725015335j:plainフォークダンス

f:id:YOSHI88:20200725015359j:plain歌手による生演奏。

f:id:YOSHI88:20200725020340j:plain宿泊先のエタップ・マルマラ・ホテルに戻ってきたのは深夜。

[9日目]

朝食後、出発までフリータイム。

友人と市内観光に出掛ける。

f:id:YOSHI88:20200725020927j:plainイスティクラル通り。新市街の高台にあるタクシム広場から延びるイスタンブールの目抜き通り。

f:id:YOSHI88:20200725021024j:plainガラタ塔。トンガリ帽が一際目立つ、イスタンブールランドマークタワー

f:id:YOSHI88:20200725102640j:plainガラタ塔の展望台からの眺望。金角湾で隔てられた新市街と旧市街とを結ぶガラタ橋。

f:id:YOSHI88:20200725102733j:plain金角湾の左側には、ボスフォラス海峡が広がっている。

f:id:YOSHI88:20200725102710j:plainガラタ橋の右側には、新市街と旧市街とを結ぶもう一つの橋のアタチュルク橋。

f:id:YOSHI88:20200725102759j:plain実際に、ガラタ橋に行ってみる。

f:id:YOSHI88:20200725102903j:plainゆっくりと景色を眺めている人、釣りをしている年配の人、近場で取れた魚を挟んだサンドイッチを食べる若者等、色んな人がそれぞれ楽しんでおり、生活感と活気に溢れている。

f:id:YOSHI88:20200725102939j:plainイスタンブールで連泊したホテル・エタップ・マルマラを後にし、イスタンブール18:00発東ドイツ航空IF9387便にて東ベルリン経由、帰路につく。

(終わりに)

今回、約30年前の旅行中に撮影した写真、当時のガイドブックを参考にしてトルコ旅行を振り返ってみました。

撮った写真が何だったか分からないものも結構あって、ガイドブックの写真と照合したり、ネットで調べたりしていると、当時の記憶が昨日の事のように思い出されたり、新たな発見が有ったりと、正に青春時代の宝物を再発見するようなワクワクした体験を味わうことができました。

ただ、遺跡の写真ばかりで、トルコ料理や食事の写真、土産物の写真が一枚も無い(笑)。

旅行前は、トルコについての予備知識は全くなく(カッパドキアも知らなかった)、旅行会社の人から勧められなければ、一生トルコへは行く機会が無かったかもしれません。正直言ってそれ程期待していなかった初の海外旅行が遥かに想像を超えた体験だったことから、これがトリガーとなって、その後、ペルー(インカ帝国マチュピチュ)、パキスタン(インダス文明モヘンジョダロ)、ギリシア(パルテノン神殿エーゲ海クルーズ)、スペイン(アルハンブラ宮殿)、メキシコ(マヤ遺跡)、カンボジア(アンコールワット)、エジプト(クフ王のピラミッド、スフィンクス)等を旅することに…

また、改めてこれらの旅行の回想録をアップしたいと思っています。                                    以上。

海外旅行回想録1989年〜トルコ編(5)

今から30年程前で、昭和から平成に変わったばかりの頃、初めての海外旅行でトルコへ行ってきました。f:id:YOSHI88:20200620184615j:plain

今回は、地下都市、不思議なキノコ岩による奇景等、この世の物とは思えないような不可思議空間⑦カッパドキアです。

 [6日目]

朝食後、コンヤを出発してアナトリア半島を東進し、カッパドキアへ。

f:id:YOSHI88:20200715105152j:plain途中、どこまでもこのような光景が続く。アナトリア一帯の大地を形成する火成岩の岩石が多く、いかにも痩せた大地。

f:id:YOSHI88:20200715105125j:plain羊の大群か?

カッパドキア近くで、先ずキャラバンサライ(隊商宿)に立ち寄る。 

スルタンハヌ・キャラバンサライ

f:id:YOSHI88:20200715104601j:plain1229年、当時の首都コンヤと主要都市アクサライを結ぶ幹線上に建てられた隊商宿。

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f:id:YOSHI88:20200715104707j:plain中庭には礼拝所があり、周囲を囲む回廊式の建物には、食堂のほかハマム、宿泊施設、ラクダをつなぐ場所等がある。

f:id:YOSHI88:20200715104831j:plain地元の子供たち。今は、どうしているのだろう。

地下都市カイマルク

カッパドキアにある地下都市で、地下8階まであり、長期間にわたって生活するための施設が整っている。また、この辺りには、他にも多くの地下都市があって、ネットワーク状に繋がっているとも言われている。一般には、アラブ人の迫害から逃れたキリスト教徒が使用したとされているが、太古の昔アナトリア高原で核戦争が起こった際に、ヒッタイト人の一部が核シェルターとして使用したという都市伝説的な説もある。

f:id:YOSHI88:20200716155022j:plain 小部屋。 

f:id:YOSHI88:20200716155141j:plainキッチン?

f:id:YOSHI88:20200716154631j:plain地下教会。

f:id:YOSHI88:20200716154720j:plain垂直に突き抜けた換気孔。

f:id:YOSHI88:20200716154851j:plain階段は、一人かがんでやっと通れる高さ。

f:id:YOSHI88:20200716160042j:plainワイン貯蔵庫?

f:id:YOSHI88:20200716160125j:plain食料庫?

f:id:YOSHI88:20200716160206j:plain地下都市へと繋がる、何の変哲もない地上の入口。この下に地下都市が有るとは想像できない。 

 ユルギャップ

カッパドキア第2の街。f:id:YOSHI88:20200714175421j:plainカッパドキア地方の住宅。

f:id:YOSHI88:20200714175524j:plain昼食時のレストラン。周りの景色に溶け込んでいる。

f:id:YOSHI88:20200714175545j:plainf:id:YOSHI88:20200714163058j:plain この「三人姉妹の岩」が撮影スポット。

ギョレメ

 周辺に大小様々なキノコ岩が林立し、カッパドキアらしい雰囲気が味わえる。f:id:YOSHI88:20200714172755j:plain

f:id:YOSHI88:20200714173835j:plain岩窟教会群。

f:id:YOSHI88:20200714172812j:plain聖バジル教会(野外博物館内)。まるで宇宙人の棲家のよう。

f:id:YOSHI88:20200714174123j:plain暗闇の教会(野外博物館内)。

f:id:YOSHI88:20200714174157j:plain 教会内のフレスコ画

f:id:YOSHI88:20200716234047j:plain女子修道院(野外博物館内)。6階建1階に食堂と台所があり、2階は礼拝所になっている。

パシャバア

f:id:YOSHI88:20200714163452j:plainキノコ岩が整然と並んでいる。

f:id:YOSHI88:20200714163532j:plainこのシメジみたいな3本のキノコ岩が有名。

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途中、カーペット販売所に立ち寄らされる(笑)。f:id:YOSHI88:20200718102530j:plainf:id:YOSHI88:20200718102558j:plain自分は買わなかったが、数万円はするカーペットが飛ぶように(笑)売れていた。

 ギョレメ・パノラマ

白い滑らかな岩肌が一面に広がった絶景。

f:id:YOSHI88:20200717145745j:plainf:id:YOSHI88:20200717145830j:plainf:id:YOSHI88:20200717145939j:plainf:id:YOSHI88:20200717150010j:plain

ウチヒサール

ウチヒサールとは、「尖った要塞」という意味。カッパドキア一帯で最も高い位置にある。f:id:YOSHI88:20200717150120j:plain巨大な一枚岩の要塞。

f:id:YOSHI88:20200717150157j:plain岩の表面にある複数の穴は鳩の巣とされ、鳩の糞を集めてブドウ畑の肥料として役立てていたようだ。

 

f:id:YOSHI88:20200717013625j:plain宿泊ホテル・メレンディス。観光地のせいか、今まで宿泊したホテルの中では一番で、シックな感じの洒落たホテル。

翌日は、 大塩湖ドゥズ湖経由して、首都アンカラへ(続く)。

 

海外旅行回想録1989年〜トルコ編(4)

今から30年程前で、昭和から平成に変わったばかりの頃、初めての海外旅行でトルコへ行ってきました。f:id:YOSHI88:20200620184615j:plain

今回は、幻想的な白い石灰棚が美しい⑤パムッカレ、荘厳なイスラム建築が残るセルジューク朝トルコの古都⑥コンヤです。

午後、エーゲ海に程近いエフェスからアナトリア内陸方面に移動してパムッカレへ。パムッカレはトルコ語で、「綿の宮殿」を意味し、石灰棚は世界遺産にも登録されている。

f:id:YOSHI88:20200709163740j:plainバスで3時間以上かけてようやくパムッカレに到着。

ヒエラポリス

石灰棚だけでなく、道路を挟んだ丘の上にはペルガモン王国やローマ時代の都市遺跡(ヒエラポリス)が点在している。

ネクロポリス

f:id:YOSHI88:20200709165135j:plain古代墓地跡。

f:id:YOSHI88:20200709165550j:plainネクロポリスとは、「死者の町」の意味。

北の浴場 

f:id:YOSHI88:20200709170131j:plain3世紀に建てられた浴場跡。エフェス遺跡で見たヴァリウスの浴場とよく似ている。

フロンティヌス門(ドミティアヌス門)

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紀元1世紀に元老院議員のフロンティヌスが建設した門。皇帝ドミティアヌスに捧げたことからドミティアヌス門とも呼ばれる。 

石灰棚

f:id:YOSHI88:20200710143723j:plain道路より下側の丘の斜面には、雪と見間違えるような純白の絶景。

f:id:YOSHI88:20200709171525j:plainグリーンの湯をたたえたプールのよう。

f:id:YOSHI88:20200709171646j:plain石灰棚の端から流れ落ちた石灰成分が氷柱(つらら)のように崖を覆っている。

f:id:YOSHI88:20200709171807j:plain真っ白な雪山のよう。 

f:id:YOSHI88:20200710155156j:plain宿泊先の パムッカレ、アラール・ホテルからの景色。浴室はシャワーのみで、洗面所の水は時々急に出る、ある意味トルコらしいホテル(笑)。

[5日目]

午前中、パムッカレからアナトリア大陸を更に東に進み、コンヤへ。途中、2つの大きな湖を通過。

f:id:YOSHI88:20200711135654j:plain先ずは、エイルディル湖。

f:id:YOSHI88:20200711140651j:plain途中の景色。久保田早紀「異邦人〜シルクロードのテーマ」が似合いそうな風景。

f:id:YOSHI88:20200711141305j:plain続いて、ベイシェヒル湖。

コンヤ

午後、コンヤ市内観光。コンヤは、13世紀、セルジューク朝の都として栄えた古都で、神秘的な旋回舞踊で有名なメブラーナ教の総本山。

メブラーナ霊廟(メブラーナ博物館)

f:id:YOSHI88:20200711143809j:plain創始者メブラーナ・ジェラールッディン・ルーミーの霊廟。現在は博物館として一般公開されている。

f:id:YOSHI88:20200711153857j:plainルーミーの廟。

f:id:YOSHI88:20200711143952j:plainドーム天井の装飾が簡素ながらも美しい。

f:id:YOSHI88:20200711144043j:plain隣のスペースには、コーランの写本が展示されている。

f:id:YOSHI88:20200711144114j:plainメブラーナ教団の宗教行為「セマー」。スカート状の衣服を着た信者が音楽に合わせてひたすら回転を繰り返す旋回舞踊。回転することで神との一体化を図るという。 f:id:YOSHI88:20200711144146j:plain工芸品も展示されている。

神学校(カラタイ博物館)

f:id:YOSHI88:20200711144523j:plain 1251年にセルジューク朝の宰相ジェラーレッディン・カラタイによって造られた神学校。正面の門は、セルジューク様式の美しい浮き彫りスタラクタイト(鍾乳石飾り)で装飾されている。

インジェ・ミナーレ神学校(彫刻博物館)

f:id:YOSHI88:20200711144639j:plain インジェは、細長い、ミナーレは尖塔の意味。1267年にイスラム神学校として建てられた。現在は、イスラム木彫・石彫の彫刻博物館となっている。

f:id:YOSHI88:20200711144843j:plain宿泊は、コンヤ、セマ・ホテル。相変わらず洗面所のお湯は出にくいし、トイレも紙が流れない。街を歩く女性は、「ヒジャブ」で頭髪をしっかり首まで隠している。トルコの中でもイスラムの戒律がかなり厳しいようだ。

翌日は、いよいよツアー最大のハイライト、カッパドキアへ(続く)。

海外旅行回想録1989年〜トルコ編(3)

今から30年程前で、昭和から平成に変わったばかりの頃、初めての海外旅行でトルコへ行ってきました。f:id:YOSHI88:20200620184615j:plain

前回、③ベルガマ遺跡まで紹介しましたので、今回は、世界屈指のローマ都市遺跡である④エフェス遺跡です。

[4日目]

朝食後バスでエフェス遺跡へ向かう途中、聖母マリアの家へ立ち寄る。

聖母マリアの家

f:id:YOSHI88:20200702125446j:plainこんな所に本当に聖母マリアの家があったのか?と思ったが、聖母マリアが晩年過ごした「聖母マリアの家」(Meryem Ana Evi)とされている。内部にはマリア像が置かれていたらしいが、見学は出来ず、外観のみ撮影。次は、エフェス考古学博物館へ。

エフェス考古学博物館

f:id:YOSHI88:20200702130847j:plainエフェス遺跡からの出土品約1000点が展示されている。

f:id:YOSHI88:20200702131042j:plain目玉品は、この後見学するエフェス遺跡のプリタネイオンから出土したアルテミス像。

 

エフェス(エフェソス)遺跡

ようやく、エフェス遺跡へ。エフェス遺跡は、2つの丘に挟まれた盆地にあり、南から北へ緩やかに下る傾斜地に広がっている。南側の入口から入ると、先ずは、ヴァリスの浴場が見えてくる。

ヴァリウスの浴場

f:id:YOSHI88:20200703092549j:plain 紀元2世紀建造のローマ式浴場。温度の異なる3つの浴室がある。

オデオン

f:id:YOSHI88:20200703092728j:plain 紀元2世紀建造の小さな音楽室。1500人収容可能。議会所としても使用されていた。

バジリカ

f:id:YOSHI88:20200703092950j:plain 国営アゴラの一部を改築して造られた3廊式の教会堂。列柱跡が見られる。

プリタネイオン

f:id:YOSHI88:20200703093201j:plainかつて聖火が灯されていたエフェスの市庁舎。紀元前3世紀に建設。エフェス考古学博物館のアルテミス像はここに保管されていた。

ミウスの碑

f:id:YOSHI88:20200703093336j:plain紀元前1世紀のポントスの乱でエフェソスを奪還したローマの独裁官スッラと孫のメミウス の功績を称えた記念碑。

ニケのレリーフ

f:id:YOSHI88:20200703094519j:plainミウスの碑の先に置かれた勝利の女神ニケのレリーフ。 

トラヤヌス帝の泉

f:id:YOSHI88:20200703095002j:plain紀元1世紀にトラヤヌス帝に捧げるために建設された泉。当時は正面にため池があり、そこに据えられたトラヤヌス帝の像の足元から水が流れ出ていたらしい。

クレテス通り

f:id:YOSHI88:20200703095115j:plainセルススの図書館まで続く、エフェスのメインストリート。

スコラスティカの浴場

f:id:YOSHI88:20200703095330j:plainクレテス通りを降りていくと右側にある。紀元1世紀に造られた公衆浴場。

ハドリアヌス神殿

f:id:YOSHI88:20200703095458j:plainスコラスティカの浴場の直ぐ近く。紀元2世紀のローマ皇帝ハドリアヌスに捧げられた建物。正面の装飾が美しい。奥の門には両手を広げたメドゥーサが彫られている。

セルススの図書館

 クレテス通りの突き当たりにある、エフェス遺跡のハイライト的建物。

f:id:YOSHI88:20200703095625j:plain紀元2世紀初頭、エフェスを首府とするアジア州総督のセルススの功績を記念して息子が建てた図書館。1万2千巻の書物が収蔵されていたらしい。

f:id:YOSHI88:20200703095737j:plain建物正面には、知恵、運命、学問、美徳を象徴する4体の女性像が並んでいる。

f:id:YOSHI88:20200703095842j:plain図書館横には、怪しげなトンネルの入り口が…。娼婦の館へと繋がっているようだ。

娼婦の館への案内敷石

f:id:YOSHI88:20200703100247j:plainセルススの図書館から大劇場にかけては、大理石が敷き詰められたマーブル通りが続いているが、その途中にある謎の案内図。娼婦の館へ案内するためのものとも言われている。

娼婦の館

f:id:YOSHI88:20200703100058j:plainマーブル通りとクレテス通りの交差点近くで、セルススの図書館の向かい側という絶好のロケーション(一等地?)。神聖な図書館の近くに、道路1本隔ててこんな建物があったとは…。当時の人達は、図書館へ研究に行くとか言って、図書館横のトンネルを通り、こちらに行っていたのだろうか(笑)?

大劇場

f:id:YOSHI88:20200703101222j:plainマーブル通りを歩いて行くと、右手に見えてくる。紀元前3世紀に建築された、約2万4千人を収容可能な3階建てのトルコでも最大級の円形劇場。

f:id:YOSHI88:20200703101250j:plain音響効果も抜群で、今でもコンサートに使われている。


アルカディアン通り

f:id:YOSHI88:20200703101423j:plain大劇場でマーブル通りを左折すると、エフェス港まで繋がる別名ハーバー通り。当時、すぐ近くに海があったが、海岸線はずっと先に移動してしまい、現在では全く海は見えない。クレオパトラもエジプトのアレクサンドリアを出港してエフェス港に上陸し、この通りを歩いたようだ。

f:id:YOSHI88:20200703101539j:plainアルカディアン通りを途中で右折し、北側出口付近から大劇場を望む。大劇場の全体が収まる撮影スポット。

アルテミス神殿跡

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エフェスの主神、アルテミスに捧げられた神殿。エフェスの都市遺跡群から少し離れた所にある。紀元前3世紀には、アテネパルテノン神殿を凌ぐ大神殿が立ち、高さ19m、直径1.2mのイオニア式円柱を127本ももつこの神殿の壮大さは、古代世界の七不思議の一つだった。今では、柱1本しか残っておらず、神殿の悲哀さを物語っている。

次は、「白き綿花」の城と呼ばれる石灰岩の岩棚の広がるパムッカレへ(続く)。

 

海外旅行回想録1989年〜トルコ編(2)

今から30年程前、初めての海外旅行で、いきなりトルコへ行きました。

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初回は①イスタンブールから②トロイまで移動しましたので、今回は、③ベルガマ遺跡です。

ベルガマは、古代ギリシャ語でペルガモンと呼ばれ、第2のアテネと言われるほど栄えていようです。アレクサンダー大王の遺産を継ぎ、紀元前281年に建国されたペルガモン王国の壮大な遺跡アクロポリスや、ローマの医療施設アスクレピオン等、見応えのある遺跡を紹介します。 

アクロポリス

ベルガマの丘陵地帯をバスで登って行った所に都市遺跡群が点在している。 f:id:YOSHI88:20200627104354j:plainf:id:YOSHI88:20200627104500j:plain
現地には、当時の復元図が掲示されている。f:id:YOSHI88:20200625125040j:plain

 この中でも、丘の急斜面を利用して造られた扇型の大劇場が圧巻です。

大劇場

f:id:YOSHI88:20200625124851j:plain劇場遠景。観客席は80段、2つの踊り場で3つの部分に分けられており、約1万人が収容可能。

f:id:YOSHI88:20200625124926j:plain劇場最上部。

f:id:YOSHI88:20200625124957j:plainかなりの急斜面を下まで降りてステージから見上げてみると、劇場の大きさを体感できる。下部の貴賓席は大理石造り。

トラヤヌス帝神殿

 劇場の上方には、トラヤヌス帝神殿がある。f:id:YOSHI88:20200625124747j:plain大理石で造られた真っ白な神殿。美しい列柱が復元されている。

f:id:YOSHI88:20200625124557j:plain青空に浮かぶ純白のコリント式支柱が印象的。

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アスクレピオン(医療センター)

アクロポリスからバスで10分程で、古代世界の医療センター・アスクレピオンへ。

アスクレピオンは、ギリシャ神話の医学の神、アスクレピウスに由来する遺跡。紀元前4世紀には、ここで医療が施されていたらしい。f:id:YOSHI88:20200625125155j:plain聖なる道。ブロック状の石が敷き詰められ、両側には、所々に石柱が残っている。

f:id:YOSHI88:20200625125355j:plainこちらは、イオニア式の列柱。

f:id:YOSHI88:20200625125454j:plainプロピロン(前門建築)。再生のシンボルとしての蛇を施した円柱が残っている。

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北側の歩廊部分に残っている列柱群。

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f:id:YOSHI88:20200625125634j:plainこちらにも劇場がある。音楽療法なども行われていたようだ。

f:id:YOSHI88:20200625125300j:plainテレスポロス神殿(診療所)。実際に治療が行われていた場所。2階建の建物の1階部分が残っている。その他、図書館や聖なる泉、地下道等もあり、総合医療センターとして繁栄していたのだろう。

このベルガマ遺跡では、土産品として実験・調剤用のメノウ乳鉢を買ったが、使わないまま、何処かに失くしてしまった。 

 イズミール

ベルガマ遺跡観光後は、宿泊場所のイズミールへ。 イズミールは、エーゲ海観光の拠点となるヨーロッパの雰囲気漂う洒落た街。f:id:YOSHI88:20200625130020j:plain宿泊ホテル、エタップ・イズミールからの夜景。前日のホテルとは異なり、部屋にはテレビ・冷蔵庫も有るし、浴室にはバスタブも付いている。

明日(4日目)は、ツアー前半のハイライト、エフェス遺跡へ(続く)。

海外旅行回想録1989年〜トルコ編(1)

今から30年程前、昭和から平成に変わったばかりで、巷では、Winkの「愛が止まらない」や爆風スランプの「Runner」が流行っていた頃、

当時20代後半で、あまり貯金はありませんでしたが、世はバブルの絶頂期、株で儲けた泡銭で、友人と初めて海外へ旅行しました。それも、ハワイやグアムとか当時の定番ではなく、いきなりトルコです(笑)。

元々は、ギリシャの古代遺跡でも見たいと思っていたのですが、生憎ギリシャのツアーに空きがなく、旅行会社から代わりにトルコを勧められました。トルコと言ってもイスタンブールの地名程度しか知らなかったのですが、地理的にギリシャに近いし、まぁいいか、という軽いノリで決めました(以後、海外旅行にハマることに…)。

当時の「旅のしおり」や写真等を参考にして、30年振りに旅を振り返ってみようと思います 。

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トルコ周遊とカッパドキア10日間(ユーラシア旅行社)

平成元年4月28日(金)~5月7日(日)

旅の概要ですが、①ビザンチンオスマン帝国の都イスタンブール、②ダーダネルス海峡に面した港町チャナッカレ・古代都市トロイ遺跡、③ペルガモン王国として栄えたベルガマ遺跡、④ギリシャ・ローマ時代の大規模な都市遺跡のあるエフェス遺跡、⑤石灰棚が有名なパムッカレ、⑥セルジューク朝の古都コンヤ、⑦奇岩の絶景スポットや地下都市のあるカッパドキア、⑧現在の首都アンカラの順に回った後、①イスタンブールに戻りました。f:id:YOSHI88:20200620184615j:plain 

[1日目]

東京20:00発 東ドイツ(インターフルック)航空  IF9379便で、モスクワ経由、東ベルリンへ。

当時は、東西ドイツが統一される前、東ドイツとは妙に懐かしい…。

[2日目]

東ベルリン03:55着

東ベルリン05:55発

今のようにトルコへの直行便が無い時代、トランジットの際、空港で迷子になりかけ、危うく乗り遅れそうになった事を覚えている。

イスタンブールに09:45到着。

イスタンブール

f:id:YOSHI88:20200616160506j:plainイスタンブール空港から、バスでイスタンブール旧市街へ。

f:id:YOSHI88:20200617101902j:plainイスタンブール旧市街。意外と近代的。庄野真代「飛んでイスタンブール」に出てくる「光る砂漠」など何処にもないが(笑)、所々に、歴史を感じさせる建造物が残っている。

f:id:YOSHI88:20200617101950j:plainブルーモスク。ツアー最終日に観光予定。

f:id:YOSHI88:20200617102033j:plain旧市街中心部のガラタ橋近く。

f:id:YOSHI88:20200617102118j:plain城壁の残りか?

f:id:YOSHI88:20200617102201j:plain昼食のレストラン。 

 昼食後は、ダーダネルス海峡をフェリーで渡って、港町チャナッカレへ。f:id:YOSHI88:20200617103741j:plain

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f:id:YOSHI88:20200617103922j:plain地元の子供達。

f:id:YOSHI88:20200617104045j:plainチャナッカレに到着。
宿泊先のホテル(アナファルタラール・ホテル)では、 バスタブなしのシャワーのみで、お湯が出ない。トイレの鍵もなかなか開かないし、紙も流れない。ある程度、予想していたとは言え、いきなり、現地の洗礼を受ける。

[3日目]

トロイ遺跡

早朝、「トロイの木馬伝説」で知られるトロイ遺跡へ。

19世紀にシュリーマンにより、伝説上の都市ではなく、実在していた都市であることが発見された、全部で9層(第1市〜第9市)にもわたる都市遺跡。

f:id:YOSHI88:20200618152337j:plain 遺跡の入口付近には、トロイの木馬が復元されており、内部に入って遺跡を眺めることができる。

f:id:YOSHI88:20200618152442j:plain東の塔と城壁。第6市(紀元前1900〜1300年)のものらしい。

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同じく第6市の遺跡。

f:id:YOSHI88:20200618152726j:plain第1市(紀元前3000〜2600年)の遺跡。トロイ遺跡では最古の時代のもので、かなり風化しており、何だか良く分からない。

f:id:YOSHI88:20200618152748j:plain聖域。第8市(紀元前800〜350年)の遺跡。生贄の儀式に使われたらしく、井戸と祭壇が並んで残っている。

f:id:YOSHI88:20200618152852j:plainオデオン。第9市(紀元前350〜西暦400年)。小劇場が保存状態良く残っている。 

f:id:YOSHI88:20200618152938j:plainトロイ遺跡見学後は、エーゲ海沿いを南下して、ベルガマ遺跡、エフェス遺跡を見学へ(続く)。