sarorunの気ままなぶらり旅

旅先での自然、遺跡、グルメについて気ままに呟きます

日本本土最北端の旅〜紋別、クッチャロ湖、猿払、宗谷岬、稚内、ノシャップ岬〜(2)

約1年振りの北海道、前回は本土最東端の納沙布岬を訪ねましたが、今回目指すは、本土最北端の地宗谷岬です。

紋別からオホーツク海沿岸を北上して、白鳥を鑑賞できるクッチャロ湖や、ホタテで有名な猿払村、最北端の駅の稚内駅、最果ての地宗谷岬、ノシャップ岬等を観光してきました。

また、美食の宝庫・北海道で三大ガニ(タラバ・ズワイ・毛ガニ)を食べ比べ、天然ホタテやたこしゃぶ、イクラ等の北海道の海の幸を存分に堪能し、グルメ旅を満喫してきました!

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第2回目は、紋別市内観光(後半)です。

とっかりセンターでアザラシを鑑賞した後は、引き続き希望者のみのオプション観光。先ずは、氷海展望塔オホーツクタワーへ。

氷海展望塔オホーツクタワー

紋別港からオホーツク海に突き出した防波堤(クリオネフロムナード)を進むと、日本最北・最大規模の海中展望塔オホーツクタワー(地上3階、地中1階)が現れる。

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3階フロアが海面から約24メートル、海底階のフロアが海面下約8メートル。

f:id:YOSHI88:20210117142556j:plain防波堤とは屋根付きの通路で接続されている。f:id:YOSHI88:20210117142403j:plain1階エントランス。2階には、4Dシアターとオホーツク・ラボがある。4Dシアターは、360度の全周スクリーンによる3D映像と風を使った大迫力の上映が楽しめる。

f:id:YOSHI88:20210117142235j:plain3階は、展望室と喫茶コーナー。

f:id:YOSHI88:20210117142254j:plain最上階のパノラマビューからの眺めは圧巻。気象条件が良ければ知床連山が見えることもある。

f:id:YOSHI88:20210117142520j:plain2階にある観測室では、流氷レーダー画像や気象、海象観測のデータをリアルタイムで表示。

f:id:YOSHI88:20210117142451j:plainオホーツクタワーの模型も展示されている。
f:id:YOSHI88:20210115184749j:plain海面下マイナス8メートルのフロア(海底階)に降り立つと、そこは海底洞窟水族館。オホーツクに生息する海の生物が展示飼育されている。

f:id:YOSHI88:20210115184814j:plainヒレが飛行機の翼のよう。

f:id:YOSHI88:20210115184638j:plain強面(こわおもて)のオオカミウオ。意外と大人しく、つぶらな瞳がカワイイ。

f:id:YOSHI88:20210115184726j:plain高さ2メートル、幅1メートルの大型観察窓(日本最大級の水中観察窓)からオホーツク海を眺めることができる。生憎この日は海水が濁っており、何も見えない。 

f:id:YOSHI88:20210115190746j:plain建物の近くの港に流氷砕氷船ガリンコ号IIが停泊している。続いて、流氷科学センターへと向かう。

流氷科学センター

f:id:YOSHI88:20210115191040j:plain流氷科学センターは、流氷が生まれる仕組みやオホーツク海の環境を学べるだけじゃなく、本物の流氷に触れて「流氷ワールド」を満喫できる体験型施設。

f:id:YOSHI88:20210116235623j:plain玄関で大きなホッキョクグマの出迎えを受け、早速展示室へ。 

f:id:YOSHI88:20210115191943j:plain展示室では、流氷が生まれる仕組みや、流氷が北海道のオホーツク沿岸まで広がっていく様子など、流氷の基礎知識を学べる。

f:id:YOSHI88:20210115192115j:plain展示室一の見どころは、「クリオネハウス」。

f:id:YOSHI88:20210115192005j:plainこの水槽には、紋別の海から採取された流氷の天使・クリオネがなんと通年100~500匹も泳いでいる。

f:id:YOSHI88:20210115192132j:plain水のなかを羽ばたくように泳ぐようすはキュート! なお、近年新種と認定されたものもある。

その他、ドームシアターでは、アストロビジョンにより、雄大な流氷の空撮風景や花の咲き乱れる海岸線などを迫力満点で楽しめた。

f:id:YOSHI88:20210115192502j:plain館内には、道の駅「オホーツク紋別」も併設されている。

f:id:YOSHI88:20210117001326j:plain見学を終えて建物の外に出ると、もう日が翳っている。

f:id:YOSHI88:20210117001358j:plain近くの広場にある「カリヨンタワー」。次は、紋別市立博物館へ。

 紋別市立博物館

f:id:YOSHI88:20210115191300j:plain紋別の基幹産業である漁業の道具や昭和の懐かしい生活用品、東洋一といわれた鴻之舞金山などの資料、ジオラマが展示されている。館内は撮影禁止だが、スタッフによる説明が分かり易かった。

まちなか芸術館

f:id:YOSHI88:20210117003217j:plain同じスタッフに先導されて、近くのまちなか芸術館へ。「流氷画家」の村瀬真治氏と彫刻家の齊藤顯治氏の作品が展示されている。特に、村瀬真治氏は、厳冬の冷たいイメージの流氷だけではなく、赤や黄色などの色彩を取り入れて温かく幻想的な「流氷」の風景画も残しており、とても興味深かった。

紋別温泉・紋別プリンスホテル

f:id:YOSHI88:20210117004428j:plain宿泊先の紋別プリンスホテルに到着。繁華街にほど近く、主要な観光施設には車で10分以内。「プリンス」とあるが、添乗員の説明によれば、西武系のプリンスホテルとは関係ないらしい。

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紋別で唯一、天然温泉・露天風呂のあるホテル。泉質はアルカリ性低張性冷鉱泉で、肌にやさしく美人の湯とも知られ、神経痛、冷え性などに効果がある。 f:id:YOSHI88:20210115194955j:plain夕食は、活蟹料理で、特に蟹の刺身、蟹しゃぶ鍋、蟹の天ぷら等、「ズワイガニ」づくし。

f:id:YOSHI88:20210115191428j:plain蟹しゃぶ鍋、蟹しゅうまい、蟹茶碗蒸し。

f:id:YOSHI88:20210115191528j:plainズワイガニは丸々一匹豪快に!

f:id:YOSHI88:20210115191557j:plain蟹の刺身、蟹の天ぷら、蟹味噌豆腐。

f:id:YOSHI88:20210122110743j:plain締めは、蟹釜飯。

f:id:YOSHI88:20210115195105j:plainデザートの牛乳ソフトクリーム。

ズワイガニ」と天然温泉を思う存分堪能!

翌日は、オホーツク海沿岸を北上し、白鳥を鑑賞できるクッチャロ湖や、ホタテで有名な猿払村を経由して、本土最北端の地宗谷岬を目指します(続く)。 

日本本土最北端の旅〜紋別、クッチャロ湖、猿払、宗谷岬、稚内、ノシャップ岬〜(1)

約1年振りの北海道、前回は本土最東端の納沙布岬を訪ねましたが、今回目指すは、本土最北端の地宗谷岬です。

紋別からオホーツク海沿岸を北上して、白鳥を鑑賞できるクッチャロ湖や、ホタテで有名な猿払村、最北端の駅の稚内駅、最果ての地宗谷岬、ノシャップ岬等を観光してきました。

また、美食の宝庫・北海道で三大ガニ(タラバ・ズワイ・毛ガニ)を食べ比べ、天然ホタテやたこしゃぶ、イクラ等の北海道の海の幸を存分に堪能し、グルメ旅を満喫してきました!

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第1回目は、紋別市内観光(前半)です。

[1日目]

羽田空港10:30発のANA375便で空路オホーツク沿岸の紋別へ。

f:id:YOSHI88:20210115095633j:plain2時間弱でオホーツク紋別空港に到着。雪は殆ど積もっていない。

f:id:YOSHI88:20210114194506j:plain紋別空港から専用バスに乗り、20分程でマルカイチ水産に到着。先ずは腹ごしらえから(笑)。

マルカイチ水産・海鮮炉端焼

f:id:YOSHI88:20210114194549j:plainマルカイチ水産では、北海道海の幸の炉端焼きを体験できる。炉端焼きは、1年前の厚岸の「あぶりや」以来。その時と同様に長テーブルに向き合って座り、各自具材をセルフ炉端焼き…とは言っても、巡回している店員さんが殆どやってくれた。

f:id:YOSHI88:20210115000026j:plain 具材は、タラバガニ足1本、ホッケ、貝付きホタテ、ボタンエビ。紋別特産のカニは、甘くて濃厚な味で、食べ応えがある。

f:id:YOSHI88:20210115000451j:plainちょっと焼き過ぎたか?

f:id:YOSHI88:20210114235137j:plainオホーツク産の肉厚のある大きなホタテ。

f:id:YOSHI88:20210115000149j:plain締めは、おにぎりと味噌汁。味噌汁にもカニが入っている。

f:id:YOSHI88:20210115121710j:plain隣には直売所があり、ニシンやホッケ、キンキなどの糠漬けや丸干しが販売されている。

昼食後は、紋別市内観光へ。

f:id:YOSHI88:20210115121748j:plain左手に、オホーツク海が見えてくる。 

f:id:YOSHI88:20210115184151j:plain オホーツク海と言えば流氷。中央に小さく見えるのは、流氷砕氷船の旧ガリンコ号。

四角い波

f:id:YOSHI88:20210118154536j:plain突然、インパクトある斬新な物体が。。。これは、石の彫刻家渡辺行夫氏による「四角い波」の作品。

カニの爪(オブジェ) 

f:id:YOSHI88:20210114235332j:plain写真スポットの巨大なカニの爪のオブジェを車窓から撮影。ここで引き返して、アザラシを間近で鑑賞できる「オホーツクとっかりセンター」へと向かう。

f:id:YOSHI88:20210115121822j:plain今度は、右手間近にオホーツク海

f:id:YOSHI88:20210115121856j:plainガリンコ号も近くに見える。

オホーツクとっかりセンター

f:id:YOSHI88:20210115001006j:plainとっかりセンターの「とっかり」とはアイヌ語でアザラシの意味で、ここはアザラシだけを飼育している日本で唯一の施設。

f:id:YOSHI88:20210116173240j:plainアザラシがたくさん泳いでいるプールを横目で見ながら、飼育員の餌やりと説明を聞くことができる「アザラシ広場」へと向かう。

f:id:YOSHI88:20210116173325j:plainアザラシには、一頭一頭名前がついており、子供のように愛着が湧いてくる。

f:id:YOSHI88:20210116173403j:plain1日5回の餌の時間になると、飼育員により門が開けられ、アザラシが各自プールから「アザラシ広場」にやってくる。
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f:id:YOSHI88:20210116173731j:plain飼育員のアザラシへの愛情が伝わってくる餌やり。

f:id:YOSHI88:20210116173757j:plain飼育員の指示を聞き分けて、仰向けになったり、拍手したりして、とても賢くて可愛い。普段はなかなか見られないアザラシの生き生きした動作を間近で体験。 

f:id:YOSHI88:20210116173830j:plain特等席で、のけ反るアザラシ…(笑)。

f:id:YOSHI88:20210116174309j:plain「水中行動観察室」では、地上での滑稽な動きとは異なり、俊敏に泳ぐ姿を観察できる。 
f:id:YOSHI88:20210115001043j:plain近くには、こんなアザラシのオブジェも。

f:id:YOSHI88:20210116174336j:plain本日のツアーの観光は、ここで一旦終了。引き続きオプション観光で、氷海展望塔オホーツクタワー、流氷科学センター、紋別市立博物館、まちなか芸術館を廻ります(続く)。

海外旅行回想録1990-91年〜パキスタン編(8:最終回)

1990年の年末から1991年の年始にかけてパキスタンを旅行しました。

 旅の概要ですが、①モヘンジョ=ダロ遺跡、②カラチ、③ハラッパー遺跡、④ラホール、⑤ペシャワール、⑥スワット地方、⑦タキシラ、⑧イスラマバードの順に回りました。

第8回目は、パキスタンの首都イスラマバード市内観光です。

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[9日目]

朝食後は、ツアーで初めての自由時間で、宿泊先のパール ・コンティネンタル・ホテルでゆっくり寛ぐ。

パール ・コンティネンタル・ホテル

f:id:YOSHI88:20201209100700j:plain客室内は、淡い色合いの内装とシックなインテリア。

f:id:YOSHI88:20201209100719j:plain昨夜イルミネーションの反射が綺麗だったプールは、誰もおらず、ひっそり。

f:id:YOSHI88:20201209100739j:plainロビー風景。パキスタンのホテルにしてはナカナカのもの(笑)。

f:id:YOSHI88:20201209100759j:plainホテルから出て、散策に出かける。

ラーワルピンディー

f:id:YOSHI88:20201209100819j:plainこの辺りは、パキスタンの新首都イスラマバードの南15kmにある隣町のラーワルピンディー。新首都が建設される以前からこの地域の中心であり、交通の要衝として栄えた町。地元の人々から「ピンディー」と呼ばれ、昔ながらの雰囲気を残すバザールや街並みも残っている。

f:id:YOSHI88:20201209100839j:plain靴磨き屋か?遮るものがなく、寒そう。

 

f:id:YOSHI88:20201209100858j:plainムスリム商業銀行。イスラムの教義に基づいた金融サービスを提供する銀行で、無利子での金融サービスなどを行うらしい。

f:id:YOSHI88:20201209100923j:plain鞄や本、文房具などの学校用品を取り扱っている店。日本にあっても違和感を感じない。

f:id:YOSHI88:20201209100945j:plainどことなく懐かしい風景。昭和30〜40年頃の日本の商店街を思い出す。

f:id:YOSHI88:20201209101049j:plain殺風景な公立女子校。

f:id:YOSHI88:20201209101113j:plain自由時間後は、バスでイスラマバードへ。

f:id:YOSHI88:20201209101135j:plain昼食は、市内の中華レストラン。

f:id:YOSHI88:20201209101153j:plain日本にある店と何ら変わらない。

イスラマバード

パキスタンの首都イスラマバードは、1962年カラチから遷都の際に作られた計画都市。マルガラ丘陵南側の山裾に広がり、整然とした碁盤の目のような街路を持ち、緑あふれる美しい都市。リキシャ(オート三輪)の乗り入れが禁止されているため、街はとても静か。

シャー・ファイサル・モスク

f:id:YOSHI88:20201209101214j:plainマルガラ丘陵の山麓にある白亜のモスク。アジア最大の規模を誇り、モスク内部だけで1万5千人の礼拝者を収容できる。建物の四隅にそびえ立つミナレットは高さ約90m。モスク頂部の金色の三日月はイスラームの象徴。

f:id:YOSHI88:20201209101340j:plain内部も、かなり広く、美術館のよう。

f:id:YOSHI88:20201209101443j:plain礼拝堂は2階にあるが、外でも礼拝している。

f:id:YOSHI88:20201216110536j:plainモスク入口付近。

f:id:YOSHI88:20201209101521j:plain1階入口付近。

ダマネコー展望台

f:id:YOSHI88:20201209101605j:plainマルガラ丘陵の山腹にある展望台。

f:id:YOSHI88:20201209101625j:plainイスラマバードの街を一望できる。

f:id:YOSHI88:20201209101709j:plainイスラマバード市内は、碁盤目状の複数の区画(一つの区画は1.5×2km)からなり、上下にアルファベット、左右に番号が振られている。ちなみに、先程見学したシャー・ファイサル・モスクは、E-7の直ぐ下の辺りにある。

f:id:YOSHI88:20201209101724j:plain豊かな緑に包まれた閑静な街並み。

f:id:YOSHI88:20201209101759j:plain大統領府。旗が2本立っているときは、大統領が執務中。

イトワール・バザール

イスラマバードのG-6区画にある(3つ上の写真参照)。南半分に果物や野菜、肉などの生鮮食品を売っている屋台が並び、北半分に主に日用品などの雑貨、衣類などを売る店が並んでいる。f:id:YOSHI88:20201209101859j:plain

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f:id:YOSHI88:20201209102448j:plain 人と車であふれ、排気ガスや粉塵の中に独特な香辛料の匂いが漂う、刺激的でクセになるバザールに別れを告げ、イスラマバード22:25発の PK752便で、空路、帰国の途へ。 

 終わりに

今から丁度30年前に旅したパキスタンですが、今回ブログで取り上げるために、本棚の隅に眠っていた写真約800枚をを取り出して初めてツアー全体を振り返ってみました。

世界四大文明発祥の時まで遡る遥か昔のインダス文明の遺跡モヘンジョ=ダロやハラッパ、その後、北西部を中心に栄えたガンダーラ文化の中心タフティ・バイやタキシラの仏教遺跡群、さらにラホールを中心としたムガール王朝時代の城塞やバードシャーヒー・モスク、シャリマール庭園等の独自の歴史建造物だけでなく、カイバル峠付近での擬身柄拘束体験(笑)や独自の風習を続けるパシュトーン人、道端で出会った子供達の純粋な笑顔、バザールでの人々のたくましい生きざま等が写真と共に鮮やかに蘇ってきます。

元々、テロや誘拐、スリ等が発生する不安定な治安情勢に加えて、パキスタンに関する情報も少なく、現在旅行するには極めて危険な地域であるが、今仮に同じツアーに参加していたら、パキスタンはやはり自分に同じ感動を与えてくれたろうと思う。このブログを読んで、少しでもパキスタンを旅した気分になってもらえたら幸いです。

海外旅行回想録1990-91年〜パキスタン編(7)

1990年の年末から1991年の年始にかけてパキスタンを旅行しました。

 旅の概要ですが、①モヘンジョ=ダロ遺跡、②カラチ、③ハラッパー遺跡、④ラホール、⑤ペシャワール、⑥スワット地方、⑦タキシラ、⑧イスラマバードの順に回りました。

第7回目は、ガンダーラ最大の都市遺跡タキシラ観光です。

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 [8日目]

 この日は、スワット・セレナホテルで朝食後、イスラマバードまで250kmを超えるバス長距離移動です。最初に、昨日見学したタフティ・バーイ遺跡近くまで一旦戻ってから、タキシラ遺跡へと向かいます。

ラカンド峠

f:id:YOSHI88:20201208130420j:plain途中、マラカンド峠を通過する。

f:id:YOSHI88:20201208130447j:plainこのラカンド峠は、かつて玄奘三蔵や多くの仏教僧も超えたと言われ、遠い昔に想いを馳せる。

f:id:YOSHI88:20201208130610j:plainサカコートの町でひとまず休憩後、昨日見学したタフティ・バーイ遺跡近くにある、インダス川とカブール川の合流スポットへと向かう。

インダス川・カブール川合流点

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f:id:YOSHI88:20201208130843j:plainアフガニスタン中央東部のパグマン山地に発し首都カブールを通過しているカブール川は、ここでハラッパやモヘンジョ=ダロの文明の発生源となったインダス川へと合流している。

ハッサン・アブダル

f:id:YOSHI88:20201208131005j:plainタキシラ遺跡観光前に、近くのハッサン・アブダルで昼食。

f:id:YOSHI88:20201208131035j:plain近くにある郵便局。ここでもアーチ状の窓。

f:id:YOSHI88:20201208131201j:plainバザールも散策。

f:id:YOSHI88:20201208131133j:plainターバンを巻いたイスラム人でごった返している。


タキシラ

午後、タキシラ見学。見どころは、駅近くにある博物館と、郊外に点在する遺跡群(山岳仏教遺跡のジョーリヤーン、都市遺跡のシルカップ等)。

タキシラ博物館

f:id:YOSHI88:20201208131254j:plain先ずは博物館を見学。ガンダーラの展示としてはペシャワール博物館に次いでしっかり展示されている。 

f:id:YOSHI88:20201208131332j:plain有名な「頭部だけの仏像」。

ジョーリヤーン遺跡

f:id:YOSHI88:20201208131652j:plain タキシラ博物館から車で約15分、タキシラの町を一望できる丘の上にある山岳仏教遺跡。僧侶の暮らした僧院区と、主ストゥーパ(仏塔)と奉献ストゥーパのある塔院区がある。

f:id:YOSHI88:20201208132239j:plain塔院区にあるストゥーパf:id:YOSHI88:20201208131938j:plainストゥーパの各壇にはストゥッコ(化粧漆喰)の装飾が美しく残っている。 

f:id:YOSHI88:20201208132028j:plainストゥーパに彫られた細やかな像。西洋人のようだが、ヘレニズム文化の影響を受けたガンダーラ美術らしい。

f:id:YOSHI88:20201208132053j:plain頭部の欠けた坐仏像。

f:id:YOSHI88:20201208132348j:plain外からの眺望。タキシラの町を一望できる。立っているのは管理人か?

f:id:YOSHI88:20201208132851j:plain僧侶の暮らした僧院区。中庭を囲み僧房が並んでいる。

f:id:YOSHI88:20201208132946j:plain浴室。

f:id:YOSHI88:20201208133016j:plain集会所。

f:id:YOSHI88:20201208133052j:plain貯蔵庫。

f:id:YOSHI88:20201208133217j:plain給仕室。

f:id:YOSHI88:20201208133126j:plain台所。遠くから眺めると、幾何学模様のようにも見える。

f:id:YOSHI88:20201208133150j:plain大きさの異なる石が上手く組み合わされている。


シルカップ遺跡

f:id:YOSHI88:20201208133430j:plainタキシラ博物館の直ぐそばにある都市遺跡。紀元前2世紀にギリシャ人が侵入して建設された。町はギリシャの都市計画に基づいて碁盤の目のような街づくりになっている。 

f:id:YOSHI88:20201208133409j:plainメインストリート。かつてこの道に沿って商店が多数並んでいたそうだ。

f:id:YOSHI88:20201208133454j:plain右下にある四角い穴は通気孔?排水孔?

f:id:YOSHI88:20201208134047j:plain整然とした街区が続く。

f:id:YOSHI88:20201208133807j:plainメイン・ストリートを進むと、この先、仏教寺院の跡等が残っている。

f:id:YOSHI88:20201208134111j:plain大きな円形状のスペース。

f:id:YOSHI88:20201208134133j:plain保存状態の良いストゥーパ。土台が無く、地面に直接設置されている。

f:id:YOSHI88:20201211144608j:plain最も有名な「双頭の鷲」のストゥーパ

f:id:YOSHI88:20201208134344j:plain階段の右側にある装飾。左側にイラン風アーチ、右側にインドの塔門が描かれ、これらがコリント式柱で区切られている。また、左側のイラン風アーチ上には「双頭の鷲」が飾られている。

f:id:YOSHI88:20201208134405j:plain階段左側にある装飾。右側に比べて損傷度が激しいが、右側と同じ装飾に見える。


ラーワルピンディー

夕刻、イスラマバード着。隣町にあるラーワルピンディーのパール  コンティネンタル・ホテルへ。

f:id:YOSHI88:20201208134539j:plainプールのあるラーワルピンディー随一の高級ホテル。プールの水面にイルミネーションが映っている。

f:id:YOSHI88:20201208134600j:plainパキスタン最後の夜。

f:id:YOSHI88:20201209095730j:plain伝統楽器を使った演奏が彩りを添える。

翌日の午前中はフリータイムなので、食事後は添乗員の部屋で夜更けまで宴会。

最終日は、イスラマバード市内観光です(続く)。 

海外旅行回想録1990-91年〜パキスタン編(6)

1990年の年末から1991年の年始にかけてパキスタンを旅行しました。

 旅の概要ですが、①モヘンジョ=ダロ遺跡、②パキスタン経済の中心地カラチ、③ハラッパー遺跡、④カラチに次ぐパキスタン第2の都市ラホール、⑤アフガニスタンとの国境付近のペシャワール、⑥ガンダーラ遺跡の点在するスワット地方、⑦ガンダーラ王国時代に栄えた仏教遺跡タキシラ、⑧パキスタンの首都イスラマバードの順に回りました。

第6回目は、ペシャワールから、ガンダーラの故郷スワット地方の中心ミンゴーラまで約180km、バスで移動の長旅です。途中に点在するガンダーラ遺跡に立ち寄ります。

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 [7日目]

ペシャワールのパール  コンティネンタルホテルで朝食後、先ずは、近くにあるタフティ・バイ遺跡へと向かう。 

f:id:YOSHI88:20201202125205j:plain 途中、カバル川を横切る。


タフティ・バーイ遺跡

f:id:YOSHI88:20201202125527j:plainペシャワールの北西80kmにあるガンダーラ遺跡で、1世紀から7世紀にかけて山の上に建造された山岳仏教寺院。

f:id:YOSHI88:20201202125545j:plainマチュピチュのような山の斜面を利用した空中都市のようにも見える。

f:id:YOSHI88:20201202125604j:plain中院区。僧侶の居住区だった北側の僧院区と、メイン・ストゥーパのある南側の主塔院区との間に位置している。

f:id:YOSHI88:20201203095904j:plain中院区にある奉献(小)ストゥーパ

f:id:YOSHI88:20201204093944j:plain主塔院区。階段を上がった広場(自分の座っている場所)には、かつてメイン・ストゥーパが有った。

f:id:YOSHI88:20201204094007j:plain写真右側の一番下にあるのが中院区。その上にあるのが僧院区。自分の足元に見えるのがテラスで、その下に地下室があり瞑想のための部屋と考えられている。

f:id:YOSHI88:20201202125804j:plain山頂から見た遺跡遠景。

f:id:YOSHI88:20201202125955j:plain角度を変えて見た遺跡遠景。

f:id:YOSHI88:20201202130109j:plain麓で、現地の大勢の子供達と遭遇。

f:id:YOSHI88:20201202130203j:plain昼食は、定番のダール・カレーとナン。

f:id:YOSHI88:20201202130427j:plain食事後、ペシャワール盆地に流れ込むスワート川に沿って北上し、ガンダーラ遺跡の点在するミンゴーラを目指す。

f:id:YOSHI88:20201202130445j:plainどこか懐かしさを覚える風景が続く。


シャンカルダールストゥーパ

f:id:YOSHI88:20201202130555j:plainミンゴラ近郊にある高さ27.5m、直径13mのストゥーパ。3〜4世紀頃の建立時には、黄金に輝いていたという。「大唐西域記」に上軍王塔と記載されている。

f:id:YOSHI88:20201202130612j:plain周辺には民家があり、生活感が漂っている。

f:id:YOSHI88:20201202130705j:plainここでも、大勢の子供達と遭遇。

f:id:YOSHI88:20201202130720j:plain 何やら、「異邦人」を見つめているようだ(笑)。

ガーリガイの磨崖仏

f:id:YOSHI88:20201202130830j:plain道路脇の崖に、高さ3mほどの坐仏像が彫刻されている。

f:id:YOSHI88:20201203104703j:plain上半身はほとんど崩壊してしまっているが、結跏趺坐している足組と、その上に置かれた両手の形が比較的明瞭に残っている。

f:id:YOSHI88:20201202130847j:plainスワート川に沿って更に北上し、ミンゴーラ中心部へと向かう。緑豊かな土地と山が続く風景に心安らぐ。

ミンゴーラ・バザール

ミンゴーラ市街にあるバザール。

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f:id:YOSHI88:20201202125253j:plain大勢の人と車でごった返している。

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f:id:YOSHI88:20201202125311j:plainどこの店も美味そう。

f:id:YOSHI88:20201202125411j:plainf:id:YOSHI88:20201202125331j:plain 親子連れか?

f:id:YOSHI88:20201202130934j:plain夕刻、ミンゴーラ郊外の官公庁サイドゥ・シャリーフにあるスワット・セレナ・ホテルに到着。

f:id:YOSHI88:20201202130950j:plain翌日は、仏教遺跡タキシラ観光です(続く)。 

海外旅行回想録1990-91年〜パキスタン編(5)

1990年の年末から1991年の年始にかけてパキスタンを旅行しました。

 旅の概要ですが、①モヘンジョ=ダロ遺跡、②パキスタン経済の中心地カラチ、③ハラッパー遺跡、④カラチに次ぐパキスタン第2の都市ラホール、⑤アフガニスタンとの国境付近のペシャワール、⑥ガンダーラ遺跡の点在するスワット地方、⑦ガンダーラ王国時代に栄えた仏教遺跡タキシラ、⑧パキスタンの首都イスラマバードの順に回りました。

第5回目は、ギリシア・オリエント世界とインド世界をつなぐ文明の交差点カイバル峠の麓にある、アフガニスタン国境近くの町ペシャワール観光です。

f:id:YOSHI88:20201019125710j:plain

 [6日目]

f:id:YOSHI88:20201125124946j:plainペシャワール随一の高級ホテル、パール ・コンティネンタルにで朝食後、ペシャワール市内観光へ。

ペシャワール博物館 

f:id:YOSHI88:20201125193308j:plainビクトリア様式の赤レンガの建物。ガンダーラ美術を中心に、北西辺境州の各民族の衣装や手工芸品等を展示している。

f:id:YOSHI88:20201125220504j:plainガンダーラ美術の最高傑作の一つ「痩せ衰えたシッダールタ」。損傷が激しいが、目が窪み肋骨が浮き出ており、極限まで断食した人体がリアルに表現されている。ラホール博物館で見学した「断食するシッダールタ」(下の写真)よりも痩せ衰えているように見える。

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博物館見学後は、カイバル峠のあるアフガニスタン国境付近へと向かう。

カイバル・チェックポイント

f:id:YOSHI88:20201125220632j:plainアフガニスタンパキスタンの国境近くにあるカイバル峠は、古くはアレキサンダー大王の軍勢がここを通ってインドへ向けて進軍し、7世紀には唐の玄奘三蔵がインド世界へと足を踏み入れた「文明の交差点」。

f:id:YOSHI88:20201126192703j:plainこのカイバル・チェックポイントへは、ペシャワールの市街地から十数km程度でそれ程遠くはないが、カイバル峠まではまだ倍近くもある。

しかし、ここから国境までは、トライバル・エリア=部族地域と呼ばれるパターン族(パシュトゥーン族)の自治区に位置し、外国人の立ち入りは制限されている。カイバル峠を通過するには、カイバル・ポリティカル・エージェントの特別許可が必要となる。

f:id:YOSHI88:20201125220855j:plain 遥か国境付近の町まで、単線の線路が敷設されている。

f:id:YOSHI88:20201126192739j:plainおっと、ここで迂闊にも、カラシニコフ銃を持った護衛兵に捕まってしまう(笑)。

 パターン族(パシュトゥーン族)の家

f:id:YOSHI88:20201125221122j:plainこの辺りは部族地域(自治区域)となり、部族の掟による自治にまかされている。パキスタンの法律は、国道上にしか適用されない。それ以外のところで何が起きても責任は保障されないフリーテリトリー。

f:id:YOSHI88:20201125221225j:plainパターン人(自分達は「パシュトゥーン人」と呼び、パターン人とは呼ばないらしい)の銃の製造は世界的にも有名であり、麻薬の栽培と密売や外国からの密輸製品の取り引きも盛んである。これはみな部族地域を利用して行われている。

f:id:YOSHI88:20201126233956j:plain無法地帯ゆえ、公然とハッシッシー(麻薬)を吸っている。

f:id:YOSHI88:20201125221418j:plainパシュトゥーン人の村。

f:id:YOSHI88:20201125221329j:plain中には、2階建の家も。

f:id:YOSHI88:20201125221353j:plainパキスタンアフガニスタンの二国間の協定により、アフガニスタンの商品はフリーパスで通すことになっている。パシュトゥーン人はこの特権を利用して、一度アフガニスタンに持ち込んだものをパキスタンに逆輸入させて税抜けした品々をペシャワールなどの町に持ち込み、密輸品バザールとして安く売っている。

アフガン難民キャンプ

f:id:YOSHI88:20201125221519j:plainペシャワール市街地へと戻る街道途中、左手にアフガン難民のキャンプ地が見えてくる。

f:id:YOSHI88:20201125221542j:plainアフガニスタン紛争を避けるために、当時アフガニスタンから隣国のパキスタン、特にペシャワール近郊に約300万人の難民が逃れてきたらしい。

ペシャワール大学

f:id:YOSHI88:20201125221653j:plainさらに進むと、左手にペシャワール大学が見える。

f:id:YOSHI88:20201125221718j:plain意外とアカデミック。

キサ・カワーニ  バザール

ペシャワール旧市街にあるバザール。

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一日中いても飽きないような何でも有りのバザールを楽しんだ後は、マハバット・ハーン・モスクへ。

マハバット・ハーン・モスク

f:id:YOSHI88:20201125223009j:plain1630年、ムガール皇帝シャー・ジャハーンの時代に、ペシャワールの領主であったマハバット・ハーンにより建造される。ラホールのバードシャーヒー・モスクの小型版。

キャラバンサライ

f:id:YOSHI88:20201125223044j:plainマハバット・ハーン・モスクの向かい側には、木造3階建のキャラバンサライ跡がある。

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 昔、隊商の人馬に寝床を提供していたキャラバンサライが今では、バザールのように再利用されている。キャラバンサライ跡を見学後は、宿泊先のペシャワール・パール・コンティネンタルへ戻る。

次回は、ガンダーラ遺跡が点在するスワット地方です(続く)。

海外旅行回想録1990-91年〜パキスタン編(4)

1990年の年末から1991年の年始にかけてパキスタンを旅行しました。

 旅の概要ですが、①モヘンジョ=ダロ遺跡、②パキスタン経済の中心地カラチ、③ハラッパー遺跡、④カラチに次ぐパキスタン第2の都市ラホール、⑤アフガニスタンとの国境付近のペシャワール、⑥ガンダーラ遺跡の点在するスワット地方、⑦ガンダーラ王国時代に栄えた仏教遺跡タキシラ、⑧パキスタンの首都イスラマバードの順に回りました。

第4回目は、パキスタンの古都でムガール帝国時代に芸術や文化の中枢を担ったラホールの市内観光です。

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[5日目]

ラホール、ラマダルネサンスホテルで朝食後、専用バスでラホール市内観光へ。

パンジャーブ高等裁判所

f:id:YOSHI88:20201117133137j:plainパンジャーブ州の州都であるラホールにある高等裁判所

ラホール中央郵便局

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高裁の近くにある中央郵便局。

ラホール市役所

f:id:YOSHI88:20201117133303j:plainラホール市役所。高裁と似たビクトリア様式の建物。

ラホール旧市街

f:id:YOSHI88:20201117184918j:plainラホール旧市街の風景。高裁、郵便局、市役所も同じく旧市街にあるが、旧市街というとこちらのイメージ。

パキスタンの塔 

f:id:YOSHI88:20201119114955j:plainラホールのシンボルタワー「パキスタンの塔」。イギリスからインドと分離独立したことを記念したもの。

ハードシャーヒー・モスク

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 世界最大規模を誇るムガール時代のモスクで、ラホールを象徴する最も有名なランドマーク。

f:id:YOSHI88:20201117193430j:plain赤砂岩で造られたモスクと白い大理石のドームとのコントラストが美しい。

f:id:YOSHI88:20201117193546j:plain中央の広場には、約10万人の礼拝者を収容可能。

f:id:YOSHI88:20201117193522j:plain四隅にそびえ立つミナレットは、高さ約60メートルもある。

f:id:YOSHI88:20201117193648j:plainハードシャーヒー・モスク正面。この真向い(写真では真後ろ)には、ラホール城のアラムギリ・ゲートがある。

ラホール城

f:id:YOSHI88:20201117193750j:plainラホール最古の建造物といわれ、ムガール帝国歴代皇帝が建造した巨大な城跡。

アラムギリ・ゲート

f:id:YOSHI88:20201117191454j:plainラホール城のメインゲート(西門)で、ここから内部に入る。

ディワニアーム(謁見所)

f:id:YOSHI88:20201117193829j:plain皇帝が市民の謁見を受けたり、裁判を行なったりした場所。なお、手前にさり気なく2つの大砲が配置されている。市民を威嚇するものでは無いと思うが(笑)、ガイドブックに拠ればイギリス時代のものらしい。

マスティ・ゲート

f:id:YOSHI88:20201120101919j:plain正面に見えるのは、東門(マスティ・ゲート)。

ジャハーンギールの庭園

f:id:YOSHI88:20201117193951j:plain4代皇帝ジャハーンギールの庭園。その奥にあるのがジャハーンギールの寝室(現在は博物館)。

f:id:YOSHI88:20201117194103j:plain寝室からの眺め。

シーシュ・マハル(鏡の宮殿)

f:id:YOSHI88:20201119103024j:plainラホール城の北西角に位置し、17世紀にムガール帝国5代皇帝シャー・ジャハーンが愛妃ムムターズの居間として建てたもの。

ナウラカー

f:id:YOSHI88:20201117194129j:plain大理石でできた小館ナウラカー。「ナウラカー」とは、これを建てた王子を指すのか、建築に使用された準貴石を指すのか、定かでない。

f:id:YOSHI88:20201117194155j:plainナウラカー内部。かつてのムガール帝国の栄光が垣間見える。

f:id:YOSHI88:20201117194230j:plainナウラカー横のベランダ(象の休憩所)から見た眺望。中央に見えるのは、バードシャーヒ・モスク。

裏門

f:id:YOSHI88:20201119105710j:plain殺風景だが堅固な造りの裏門。

シャー・バージ・ゲート

f:id:YOSHI88:20201117194302j:plain裏門近くにある綺麗な門。

f:id:YOSHI88:20201117194331j:plain外壁に美しいタイル装飾がなされている。 

ラホール城見学後は、東方へ約3km離れたシャリマール庭園へ。

f:id:YOSHI88:20201117194402j:plain途中、道路がかなり渋滞している。

f:id:YOSHI88:20201120103143j:plain老朽化したバスも、ここでは大活躍。

 

シャリマール庭園

f:id:YOSHI88:20201120103208j:plainムガール帝国最盛期の皇帝シャー・ジャハーンにより、1642年に王族の保養地として造園された。上・中・下の3段構成のテラスとなった庭園に水路が形成されている。

f:id:YOSHI88:20201120103230j:plain3段の一番上のテラス。

f:id:YOSHI88:20201120103305j:plainf:id:YOSHI88:20201120103324j:plain2段目のテラス。

f:id:YOSHI88:20201120155200j:plain一番下のテラス。こちらの水路には水が流れていない。

ジール・ハーンのモスク

f:id:YOSHI88:20201120105855j:plain1634年にワジール・ハーンにより建立されたモスク。色とりどりのタイルによるモザイク模様が美しい。

f:id:YOSHI88:20201120110312j:plainモスク内部。イスラム書道の修練場としても使われていたらしい。

f:id:YOSHI88:20201120110418j:plain一人で、礼拝している信者も。

f:id:YOSHI88:20201120110819j:plain兄弟だろうか?

 

旧市街バザール(デリーゲート)

f:id:YOSHI88:20201120110921j:plainジール・ハーンのモスク近くにあるデリーゲートの旧市街バザール。

f:id:YOSHI88:20201120110952j:plainf:id:YOSHI88:20201120111013j:plainf:id:YOSHI88:20201120111032j:plainf:id:YOSHI88:20201120111110j:plainf:id:YOSHI88:20201120111138j:plainf:id:YOSHI88:20201120111205j:plainf:id:YOSHI88:20201120111231j:plainf:id:YOSHI88:20201120111324j:plainf:id:YOSHI88:20201120111344j:plainf:id:YOSHI88:20201120111405j:plainf:id:YOSHI88:20201120111423j:plainf:id:YOSHI88:20201120111442j:plain

 カオス状態のバザールを堪能した後は、ラホール20:00発のPK610便でペシャワールへ。1時間半程でペシャワールに到着し、パール  コンティネンタルに宿泊。

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次回は、ペシャワール市内観光です(続く)。