sarorunの気ままなぶらり旅

旅先での自然、遺跡、グルメについて気ままに呟きます

海の京都・丹後半島周遊の旅(天橋立・籠神社・伊根の舟屋・立岩・城崎温泉)〜(7)

今年の初夏、緊急事態宣言が暫く解除された隙を狙って、天橋立のある「海の京都」と呼ばれる丹後半島を周遊する旅を満喫してきました。

f:id:YOSHI88:20211004131436j:plain今回は、文豪・志賀直哉をはじめ多くの文人に愛され、独特の温泉情緒溢れる⑤「城崎温泉」の散策と外湯めぐりです。

琴引浜からバス乗車1時間程で、夕刻時の城崎温泉「東山荘」に到着。夕食まで少し時間があるので、早速、温泉街へと繰り出す。

城崎温泉

f:id:YOSHI88:20211125100032j:plain城崎温泉(きのさきおんせん)は、兵庫県北部の豊岡市城崎町に位置し、開湯1,300年の歴史を持ち、有馬温泉湯村温泉とともに兵庫県を代表する温泉。

f:id:YOSHI88:20211126161651j:plain平安時代から歌に詠まれ、文豪・志賀直哉をはじめ多くの文人に愛された「歴史と文学といで湯の街」。

f:id:YOSHI88:20211125095836j:plain宿泊先の「東山荘」の前を流れる大谿川(おおたにがわ)に沿って、しだれ柳が続く。

f:id:YOSHI88:20211126163348j:plain温泉旅館、大谿川、しだれ柳、石造りの太鼓橋が独特の温泉情緒を醸し出している。

f:id:YOSHI88:20211125152653j:plain城崎温泉には『まち全体が⼀つの⼤きな宿』という考え方が根付いている。言わば「駅は⽞関」その先の「道は廊下」「宿は客室」「⼟産屋は売店」「飲食店は食堂」そして「外湯は⼤浴場」。

f:id:YOSHI88:20211125152924j:plainこれは、自分のお店や旅館に来られたお客様だけでなく、すべてのお客様をまち全体で大切にお迎えしよう、という想い。長年の間、助け合いの精神が息づいているのが城崎温泉街の人々の優しさ・魅力となっているのだろう。

7つの外湯めぐり

f:id:YOSHI88:20211125130811j:plain城崎温泉には、地蔵湯、柳湯、一の湯、御所の湯、鴻の湯、まんだら湯、さとの湯の7つの外湯があり、これらは徒歩20分圏内にあり、歩いてはしごできる距離。外湯の名は、それぞれの由来と歴史に基づいて付けられている。

地蔵湯

f:id:YOSHI88:20211125132937j:plain宿から一番近い外湯が「地蔵湯」。

f:id:YOSHI88:20211125133008j:plain江戸時代、多数の村民が入浴していたことから“里人の外湯”と呼ばれていた。伝説では、この湯の泉源から地蔵尊が出たそうで、ここから、「地蔵湯」という名前が付けられた。

柳湯

f:id:YOSHI88:20211124095900j:plain中国の名勝・西湖から移植した柳の木の下から湧き出たことから「柳湯」と名付けられた。大正ロマン漂う木造の浴場として平成16年2月にリニューアルオープン。

一の湯

f:id:YOSHI88:20211126105126j:plain温泉街中央の「王橋」のたもとにあり、一見歌舞伎座を思わせる桃山風の建物。平成11年11月に改築され、新たに洞窟風呂が加わった。

f:id:YOSHI88:20211126104819j:plain「一の湯」の名前は、江戸中期の温泉学者・香川修徳が当時新湯といったこの湯を「天下一の湯」と推奨したことに由来する。

御所の湯

f:id:YOSHI88:20211126110319j:plain南北朝時代の歴史物語「増鏡」に、文永四年(1267年)に後堀河天皇の御姉安嘉門院が入湯された記事があることから、「御所の湯」と名付けられた。

f:id:YOSHI88:20211126110216j:plain京都御所を彷彿とさせる現在の建物は平成17年7月に「四所神社」横に新築移転された。大浴場のガラス貼り天井や「天空風呂」から見える山や滝の風景が魅力。

四所神社

f:id:YOSHI88:20211126110524j:plain湯山主神(ゆやまぬしのかみ)を主祭神に、多岐里比売神(たきりひめのかみ)、田記津比売神(たきつひめのかみ)、市杵比売神(いちきひめのかみ)の宗像三女神を配し合わせて、四所四神を祀る。いずれも温泉の守護神として崇められ、また宗像三女神は水の守護神でもある。

鴻の湯

f:id:YOSHI88:20211126122948j:plain7湯中最古の湯で、1,400年前の舒明天皇の時代に、コウノトリが足の傷を癒しているのを発見したという開湯伝説がある。山家風の建物で、道の奥に引っ込んでひっそり建っている。庭園露天風呂もある。

f:id:YOSHI88:20211126123042j:plain鴻の湯の伝説

『今から約1400年前、舒明天皇(629年~)の時代、大谿川上流の大きな松の木の上にコウノトリが巣をつくっていました。コウノトリたちのうち足を痛めた1羽が田に降り立って水に足を浸していましたが、数日後には元気よく飛び立って行きました。これを見た里人がコウノトリの飛び立った場所を調べてみると、湯が湧いていました。このお湯が城崎温泉の始まりだといいます。』

f:id:YOSHI88:20211126123013j:plainコウノトリの足を癒やした「鴻の湯」は、不老長寿の湯・幸せを招く湯として多くの人々に親しまれている。また、「鴻の湯」は2羽のコウノトリ夫婦が足の傷を癒した湯だという説もあり、夫婦円満のご利益があるとも言われている。

f:id:YOSHI88:20211126123136j:plain鴻の湯の敷地内にある「鴻の湯神社」は、薬師如来が祀られていた元薬師「円満寺」の跡。

まんだら湯

f:id:YOSHI88:20211126164455j:plain温泉寺開祖の道智上人が「曼荼羅行」で湧出させた湯が源泉だったと伝えられている。その仏縁から「まんだら湯」と名付けられ、建物の頭部に丸みを付けて造形した唐破風(からはふう)様式が特徴的。

f:id:YOSHI88:20211126164538j:plain「まんだら湯」では、裏山の自然美あふれる景色を檜造りの露天風呂から眺めることができる。

さとの湯

f:id:YOSHI88:20211128103356j:plain「さとの湯」は平成12年7月に「城崎温泉駅」のすぐ横にオープンした、外湯の中では一番新しい温泉。

f:id:YOSHI88:20211124100833j:plain三階の天望露天風呂からは円山川が一望でき、二階には和・洋風の大浴場のほか泡風呂・各種サウナがあり、いろいろな入浴が楽しめる。

東山荘

f:id:YOSHI88:20211125102835j:plain「東山荘」に戻ってくると、そろそろ夕食の時間。

f:id:YOSHI88:20211126175452j:plain夕食はカニづくしの和定食。城崎は日本海に近いことから、新鮮な魚介類が揃う「海の幸の宝庫」でもあり、城崎といえばまずはカニ。一般には「ずわいガニ」と呼ばれるカニは、山陰では「松葉ガニ」と呼ばれている。兵庫の地酒「香住鶴」と共に、茹で・焼き・鍋などいろいろな楽しみ方で食する。

翌日[3日目]は、兵庫県豊岡市にある柱状節理が美しい国の天然記念物「玄武洞」と、但馬の小京都と呼ばれる「出石」の観光です(続く)。

海の京都・丹後半島周遊の旅(天橋立・籠神社・伊根の舟屋・立岩・城崎温泉)〜(6)

今年の初夏、緊急事態宣言が暫く解除された隙を狙って、「海の京都」と呼ばれる丹後半島を周遊する旅を満喫してきました。

f:id:YOSHI88:20211004131436j:plainこの「丹後半島周遊の旅」ブログも今回で6回目となり、国内旅行としては最長更新。当初の予定では4〜5回程で終わる予定だったが、写真が多過ぎてなかなか進まない(笑)。

今回は、高さが20mもある巨大な一枚岩③「立岩」、鳴砂の浜として有名な④「琴引浜」の順に丹後半島を廻り、開湯1300年の⑤「城崎温泉」へと向かいます。

屏風岩

f:id:YOSHI88:20211116182327j:plain伊根の舟屋から立岩に向かう途中、車窓から「屏風岩」が見える。北西に岩が5つほど海に浮かび、それらが一直線に連なっている。手前の岩は高さ約13mの安山岩で、海面からそそり立つ様子が屏風を立てたように見えることから「屏風岩」と呼ばれている。

立岩

f:id:YOSHI88:20211117101909j:plain屏風岩から5分程で、立岩近くの「道の駅てんきてんき丹後」に到着。

f:id:YOSHI88:20211117145433j:plain近隣の位置関係。立岩へは道の駅から竹野川に沿って徒歩7〜8分程。立岩は、日本海へ注ぎ込む竹野川の河口をせき止めるように立っている。これは単なる偶然なのだろうか?

f:id:YOSHI88:20211117150059j:plain小雨の降る中、泥濘んだ道を竹野川に沿って歩いていく。

竹野川

f:id:YOSHI88:20211117154002j:plain全長27.6kmで、丹後半島最長・最大の河川。竹野川の流域には遺跡が散在しており、丹後半島地域の文化発祥の地とされる。また、支流鱒留川の源流がある磯砂山には羽衣天女が舞い降りたという日本最古の「羽衣伝説」がある。

f:id:YOSHI88:20211117163015j:plain竹野川に架かる木製の「てんきてんき橋」を渡って、

f:id:YOSHI88:20211117163055j:plain橋を降りると、立岩は目の前。

立岩

f:id:YOSHI88:20211117170308j:plain「立岩」は、間人ガニで有名な京丹後市間人(たいざ)の後ヶ浜に威風堂々とそびえ立つ、高さが20mもある巨大な一枚岩。

f:id:YOSHI88:20211117165823j:plain立岩へは陸側から砂州が伸びて繋がっている。黒い立岩と白い砂洲とのコントラストが美しい。

f:id:YOSHI88:20211117170541j:plain柱状節理の玄武岩で、直線的な荒々しい岩肌が印象的。およそ1500万年前に地下からマグマが上昇して固まり、さらに周囲が波に侵食されることにより、海に浮かぶ幻想的な岩が出来上がったとされているが、これが本当なら火山活動が生んだ奇跡とも言える。

f:id:YOSHI88:20211117170611j:plain「立岩」には、以下のような「鬼退治伝説」が残っている。

聖徳太子の生母であり、第31代・用明天皇の間人(はしうど)皇后の第三皇子麿呂子親王(聖徳太子の異母弟)が鰾古・軽足・土車という3匹の鬼を退治した際、二匹は殺し土車だけはみせしめのため、この大岩に封じ込めた。』

今でも強風、波の高い夜などは、鬼の泣声が聞こえるといわれている。

山陰海岸ジオパーク

f:id:YOSHI88:20211119144756j:plain山陰海岸ジオパーク」は、京都府京丹後市)、兵庫県豊岡市等)、鳥取県(岩美町・鳥取市)の日本海に面する6つの市町から構成され、その地形や地質の貴重さからユネスコ世界ジオパークに認定されている。「立岩」は、この「山陰海岸ジオパーク」の一つとして指定を受けた、京丹後市を代表する観光スポット。

f:id:YOSHI88:20211118162002j:plain透明度の高い海水に、砂州と緑地が重なった美しい景観は、優れた名勝地と呼ぶに相応しい。

人皇后・聖徳太子母子像

f:id:YOSHI88:20211118162030j:plain畔には「間人皇后・聖徳太子母子像」が、間人(たいざ)の海を見守るように優しく佇んでいる。この地方には、間人皇后の伝承が残っている。

『後の聖徳太子の母・穴穂部間人皇后が、蘇我物部氏間の戦乱からこの地に身を隠し、戦乱が収まった後、都へ帰る時に村人へ感謝の念を込め自らの名「間人」を村名に贈った。村人は皇后の名をそのまま地名にするのはおそれ多いとして、皇后の御退座にちなみ、「間人」と書いて「たいざ」と読むようになった。』

琴引浜

f:id:YOSHI88:20211119102913j:plain立岩から20分程海岸線を走ると「鳴砂の浜」として有名な琴引浜。

f:id:YOSHI88:20211119103042j:plain「琴引浜」は、京都府京丹後市網野町掛津地区および遊地区にまたがる全長1.8kmにわたる砂浜で、古くは琴曳浜、琴弾浜とも表記する。

f:id:YOSHI88:20211119103520j:plain琴引浜は、日本の白砂青松100選(1987年)、日本の渚百選(1996年)、残したい日本の音風景100選(1996年)に選ばれている。

f:id:YOSHI88:20211119103753j:plain砂の乾燥した時期に砂浜を「すり足」で歩くと、砂に含まれる石英の摩擦で「キュッキュッ」と鳴いた音がする。

f:id:YOSHI88:20211119103648j:plain琴引浜は、水の透明度も抜群。1997年1月、ロシア船籍タンカーから流出した大量の重油により一時は壊滅状態となったが、全国からのボランティアの方々や地域の方のご協力により、元の美しい浜に蘇ったとの事。今もなおこの美しさが保たれていることに感謝。

f:id:YOSHI88:20211119104039j:plain近くにある建物では、「鳴き砂」の体験が出来る。

f:id:YOSHI88:20211119151811j:plainすり鉢に鳴き砂の主成分の石英を入れて棒で擦ると確かに「キュッキュッ」と鳴く。だが、少しでも不純物が混ざると、とたんに音が鳴らなくとのこと。鳴き砂の音は、美しい海水と石英の純度が維持された結果であり、地元の方々の不断の努力の賜物だと言える。
この後、1300年前コウノトリが傷を癒したことからその歴史が始まったと言われている「城崎温泉」へと向かいます(続く)。

海の京都・丹後半島周遊の旅(天橋立・籠神社・伊根の舟屋・立岩・城崎温泉)〜(5)

今年の初夏、緊急事態宣言が暫く解除された隙を狙って、「海の京都」と呼ばれる丹後半島を周遊する旅を満喫してきました。

f:id:YOSHI88:20211004131436j:plain今回は、素朴で懐かしい舟屋が並ぶ②「伊根の舟屋」の観光です。

f:id:YOSHI88:20211109101028j:plain昼食後、「天橋立」から約40分のバス乗車で「伊根の舟屋」のある伊根町に到着。伊根町は、人口約二千百人で、京都府で二番目に人口の少ない小さな町。

伊根の舟屋

f:id:YOSHI88:20211109193410j:plain海際に立ち並ぶ家々。まるで海に浮かんでいるようにも見える。伊根町には、このような「舟屋」と呼ばれる建屋が約230軒、伊根湾の周囲約5kmに沿って海を取り囲むように軒を連ねている。

f:id:YOSHI88:20211109103607j:plain伊根の舟屋は、1階が船着場、2階が住居や民宿などに使用され、現在でも海と共に暮らす生活の拠点になっている。

f:id:YOSHI88:20211109104608j:plain伊根湾は、日本海にありながら、南向きであり、その出入口に「青島」があることで波が穏やか、潮の干潮差が少なく、海が急に深くなっている等、漁業に有利な自然条件が揃っているようだ。

f:id:YOSHI88:20211110071714j:plainいくつかのグループに分かれて、地元ガイドと共に海岸沿いに伊根町の街を歩いてみる。

f:id:YOSHI88:20211109123810j:plain山と海との狭間の僅かな隙間で生活する、この地区独特の街並みが広がる。右手に見えるのは「吉村屋旅館」。

向井酒造

f:id:YOSHI88:20211109131354j:plain少し歩くと、京都・伊根の地酒「京の春」で有名な創業260年の蔵元「向井酒造」。日本で一番海に近く、日本で一番狭い蔵元らしい。

f:id:YOSHI88:20211109194014j:plain入口横には、立派な松。蔵元の雰囲気にもマッチしている。

f:id:YOSHI88:20211109194558j:plain道路にあるマンホールにも舟屋群。

f:id:YOSHI88:20211109131820j:plain道路側から、ある舟屋を拝見。舟屋の一階部分は、船を引き上げるため、十分な開口幅を有し、かつ床が傾斜し、接水している。

f:id:YOSHI88:20211110150840j:plain家屋の眼前には「伊根湾」が広がる。

f:id:YOSHI88:20211110151014j:plain透明度の高い海水。f:id:YOSHI88:20211110102843j:plain土蔵に描かれた家紋の鏝絵(こてえ)。鏝絵とは、漆喰を使って左官職人が鏝で壁に浮き彫りにした絵のこと。

f:id:YOSHI88:20211110102902j:plain別の舟屋では、船を収納することがなくなり、空いた一階スペースを洗濯物置場に利用している。舟屋を活用して海と共に暮らす人々の生活の一部を肌で体感。

f:id:YOSHI88:20211110102942j:plainこちらの土蔵にも鏝絵。

f:id:YOSHI88:20211109124344j:plain路線バスも運行している住民の生活道路。

f:id:YOSHI88:20211109124524j:plain昭和の前半頃にタイムスリップしたような素朴な街並みをさらに進んでいく。

f:id:YOSHI88:20211109132607j:plain家の境界の通路からも海が迫ってくる(笑)。

ふなや喜左エ門

f:id:YOSHI88:20211110145656j:plain「ふなや喜左エ門」さんの家にお邪魔する。

f:id:YOSHI88:20211110145722j:plain舟屋やその敷地は個人の所有物であり、所有者の許可の無い不法侵入は、刑法百三十条の「住居侵入罪」に該当。三年以下の懲役または十万円以下の罰金刑に処されることもあるので、個人旅行の場合は要注意!

f:id:YOSHI88:20211110145742j:plain内部は太い木柱が水平に渡され、簡素ながらも頑強な構造。

f:id:YOSHI88:20211110145805j:plain二階は、今で言うと「ロフト」のような感じ。

f:id:YOSHI88:20211110151554j:plain舟の収容場所。舟屋は、もともと船を海から引き上げて、風雨や虫から守るために建てられた施設で、木造船を使用しているため、それを乾かす必要があった。

f:id:YOSHI88:20211110145829j:plain網や漁具の置き場。南向きなので乾きも早く、漁師の仕事場としても好適。

f:id:YOSHI88:20211110145913j:plain今なお舟屋を活用して暮らす人々の生活があるからこそ、舟屋は色褪せることなく、魅力的な存在なのだろう。

f:id:YOSHI88:20211110145939j:plain古より変わらぬ伊根湾と周囲の自然に囲まれた環境で、素朴ながらも自然の恵みと共に暮らしている住民の生活を垣間見て、自分も少しは精神的に豊かになった気がした。

次回は、立岩、琴引浜の順に丹後半島を周遊し、城崎温泉へと向かいます(続く)。

海の京都・丹後半島周遊の旅(天橋立・籠神社・伊根の舟屋・立岩・城崎温泉)〜(4)

今年の初夏、緊急事態宣言が暫く解除された隙を狙って、天橋立のある「海の京都」と呼ばれる丹後半島を周遊する旅を満喫してきました。

f:id:YOSHI88:20211004131436j:plain①「天橋立」では観光船から眺望するとともに、ケーブルカーで山の中腹まで登って一望&「股覗き」し、さらに懐かしい舟屋が並ぶ②「伊根の舟屋」、高さが20mもある巨大な一枚岩③「立岩」、鳴砂の浜として有名な④「琴引浜」の順に周遊し、開湯1300年の⑤「城崎温泉」に宿泊。翌日は、兵庫県豊岡市にある、柱状節理が美しい国の天然記念物⑥「玄武洞」、但馬の小京都⑦「出石」を見学してきました。

f:id:YOSHI88:20211031151205j:plain今回は、天橋立観光船で通過した廻旋橋のある「文殊地区」の観光と昼食です。

廻旋橋

f:id:YOSHI88:20211019110115j:plain籠神社からバスで「廻旋橋」のあった文殊地区に戻る。

f:id:YOSHI88:20211019110208j:plain「廻旋橋」に行くと、ちょうど観光船が近づいて来た。

f:id:YOSHI88:20211019110259j:plain

f:id:YOSHI88:20211019110329j:plain90度旋回した橋の横を観光船が通過。

f:id:YOSHI88:20211019110355j:plain観光船が通過した後は、橋が自動で旋回し、

f:id:YOSHI88:20211019110444j:plain元の橋に戻る。

f:id:YOSHI88:20211019110512j:plain橋のつなぎ目。隙間が全く無い。

f:id:YOSHI88:20211019110534j:plain橋の全景。右側の「天橋立」と左側の「文殊地区」とを繋いでいる。

智恩寺

智恩寺(ちおんじ)は、日本三文殊のひとつで、通称「切戸」(又は九世戸)の文殊堂として知られている。智恩寺文殊信仰は、伝説『九世戸縁起』に由来する。

日本の国土創生の時、この地で暴れていた悪龍を鎮めるため中国から智恵第一の仏様で、龍神の導師である「文殊菩薩」が招請された。その後、神々は文殊菩薩の持たれる如意に乗って海へ降りられ、その如意が浮かんだものを天の浮橋(うきはし)といい、ここに龍神が一夜にして土を置き「天橋立」となった。こうして天神七代、地神二代のあわせて九代によりできたこの地を「九世戸(くぜと)」と名付けた。

山門

 

 

f:id:YOSHI88:20211019133012j:plain廻旋橋を渡る手前、沢山のお土産物屋が並ぶ「茶屋通り」に面する「山門」。黄金閣とも呼ばれる市の指定文化財で、楼上に釈迦如来、中央に両脇士・十六羅漢を安置する。禅宗様式・三間三戸二重門の丹後地方最大の山門。

多宝塔(重要文化財)

f:id:YOSHI88:20211019110641j:plain室町時代建立の多宝塔としては丹後地方唯一のもので、中央には大日如来が安置されている。国の重要文化財に指定。雪舟筆『天橋立図』にもその姿を伝えている。

妙音殿

f:id:YOSHI88:20211019110734j:plain池の中に建てられており、吉祥弁才天(きっしようべんざいてん)が祀られている。弁才天は、水辺に祀られることの多い。

文殊

f:id:YOSHI88:20211019110758j:plainご本尊の「文殊菩薩」がお祀りされる智恩寺の中心的な建物。「三人寄れば文殊の智恵」で知られる文殊菩薩は、智恵と慈悲の両方を合わせもって今も私たちを導こうと願われている。

智恵の輪灯籠

f:id:YOSHI88:20211019110842j:plain智恩寺の横に立てられた灯籠で、江戸時代には輪の中に明かりがともされ、やみを照らし文珠水道(天橋立水路)を行き来する船の標になっていたらしい。また、天橋立の伝説に出てくる龍神を呼び寄せるため、明かりを灯していたとも言われている。

f:id:YOSHI88:20211031163345j:plain「山門」に面した「茶屋通り」には名物「智恵の餅」を売る四軒の茶屋が並んでいる。茶屋のお餅を食べると「文殊の知恵」を授かれるらしい。

f:id:YOSHI88:20211019111032j:plain茶屋近くの「橋立大丸」本店で昼食。

f:id:YOSHI88:20211019111111j:plain一階は売店、お土産コーナーで、二階が食事会場。

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昼食は、地元で取れた海鮮づくしの「海鮮定食」。のどぐろの陶板焼き、甘エビ、焼きアワビ、サザエ、混ぜご飯、橋立蕎麦、澄まし汁等々。

午後は、丹後半島を周遊し、途中、「伊根の舟屋」、「立岩」、「琴引浜」の順に立ち寄ります(続く)。

海の京都・丹後半島周遊の旅(天橋立・籠神社・伊根の舟屋・立岩・城崎温泉)〜(3)

今年の初夏、緊急事態宣言が暫く解除された隙を狙って、天橋立のある「海の京都」と呼ばれる丹後半島を周遊する旅を満喫してきました。

f:id:YOSHI88:20211004131436j:plain①「天橋立」では観光船から眺望するとともに、ケーブルカーで山の中腹まで登って一望&「股覗き」し、さらに懐かしい舟屋が並ぶ②「伊根の舟屋」、高さが20mもある巨大な一枚岩③「立岩」、鳴砂の浜として有名な④「琴引浜」の順に周遊し、開湯1300年の⑤「城崎温泉」に宿泊。翌日は、兵庫県豊岡市にある、柱状節理が美しい国の天然記念物⑥「玄武洞」、但馬の小京都⑦「出石」を見学してきました。

今回は、伊勢神宮と関連深い「丹後一宮元伊勢 籠神社」で参拝した後、ケーブルカーで展望台のある「傘松公園」へ登って「天橋立」を一望&股覗きします。

f:id:YOSHI88:20211014142510j:plain一の宮桟橋で観光船から下車し、先ずは、「丹後一宮元伊勢 籠神社」へ参拝に向かう。

丹後一宮元伊勢 籠(この)神社

f:id:YOSHI88:20211016095700j:plain籠(この)神社は、元々伊勢神宮の神々が鎮座しておられた、神々の源流とも言える「元伊勢」で、「本伊勢」とも称される日本有数の大社。

f:id:YOSHI88:20211016095732j:plain即ち、籠神社から、天照大神豊受大神がそれぞれ伊勢神宮の内宮と外宮にお移りになった。また、元々「天橋立」は、籠神社の参道であったとされている。

f:id:YOSHI88:20211016095914j:plain境内の二つ目の鳥居。本殿は伊勢神宮と同じく唯一の神明造りとなっている。

f:id:YOSHI88:20211016095946j:plain二千年の歴史を語り継ぐ日本有数の大社であり、最高の社格と由緒を誇っている。主祭神は、天照大神の孫にあたる「彦火明命」(ヒコホアカリノミコト)。

f:id:YOSHI88:20211016100056j:plain正面を飾る奉納幕には、天皇家と同じ十六弁の「菊花紋」が二つ大きく描かれている。また、本殿正面には、伊勢神宮と籠神社にしか祀ることが許されていない五色の座玉(すえたま)が輝いている(これより先は撮影禁止のため、未撮影)。

f:id:YOSHI88:20211016100125j:plain籠神社の境内には、大きな亀に乗った「倭宿禰命」(ヤマトノスクネノミコト、別名:椎根津彦・珍彦)の像がある。倭宿禰命は、彦火明命を丹波国造の祖とし、籠神社宮司家を直系で世襲してきた海部宮司家(あまべぐうじけ)の四代目とされる。

f:id:YOSHI88:20211016100227j:plain丹波の国には、「羽衣伝説」や「浦島伝説」など、様々な伝説が残されている。先程の「倭宿禰命」は、神武天皇が東征した時に亀に乗って登場して水先案内を務めたと言われており、この「倭宿禰命」が浦島太郎だとする説がある。

f:id:YOSHI88:20211019104235j:plain近くには籠神社の奥宮「眞名井神社」がある。今回は寄れなかったが、真名井神社本殿の裏に約2500年前から祀られている古代の祭祀場「磐座(いわくら)」があり、豊受大神天照大神をはじめとする神々が祀られ、境内には「天の眞名井の水」が湧き出ている。

f:id:YOSHI88:20211019105745j:plain余談だが、童謡の「カゴメの唄」に登場する「籠」とは籠神社の事で、「籠の中の鳥」とは、豊受大神だったとする説もある。なお、写真は「眞名井稲荷神社」。明治末期までは奥宮眞名井神社の境内に祭られていたが、平成3年にこの場所に再建されたらしい。

f:id:YOSHI88:20211016100328j:plain籠神社で参拝後は、天橋立展望台のある「傘松公園」へ。籠神社の境内を抜け、ケーブルカー乗り場に向かう。

傘松公園

ケーブルカー

f:id:YOSHI88:20211019104542j:plainケーブルカー乗り場の「府中駅」。海抜130mの山にある「傘松公園」と地上とを結ぶのが天橋立ケーブルカー。

f:id:YOSHI88:20211019104712j:plain天橋立ケーブルカーは、定員76名で、車内から眼下に天橋立を眺望できる。

f:id:YOSHI88:20211019104840j:plain最大傾斜は25度。麓の「府中駅」と山の上にある「傘松駅」の間の約400mをゆっくりと登っていく。乗車中振り返ると、「天橋立」が姿を現してきている!

展望台

f:id:YOSHI88:20211019105524j:plain府中駅からケーブルカーで登ることおよそ5分、天橋立を北側から一望できる展望台に到着。

f:id:YOSHI88:20211019105121j:plain海抜130mの高台にある傘松公園からの眺めは「斜め一文字」とも、橋立を龍にたとえて、龍が天へと昇っていく「昇龍観」(しょうりゅうかん)とも呼ばれている。

股のぞき台

f:id:YOSHI88:20211019105147j:plain「股のぞき台」の上に乗り、股の間から天橋立を眺めてみると、

f:id:YOSHI88:20211028112332j:plainこんな感じになる…この日は曇り空で雲が多いが、かえって雲の上に浮かぶ浮き橋の様に見える。まるで雲の上から天界の街へと繋がる橋!

冠島沓島遥拝所

f:id:YOSHI88:20211019105217j:plain公園の一角には、籠神社の主祭神「彦火明命」(ヒコホアカリノミコト)と「市杵島姫命」(イチキシマヒメノミコト)が降臨したとされる冠島沓島遥拝所がある。

f:id:YOSHI88:20211028151234j:plain鳥居の前方には、海上に冠島(別名:大島、竜宮島)と沓島(別名:小島、鬼門島)がはっきりと見える。海部氏系図では「彦火明命」が籠神社の海の奥宮である「冠島」に降臨したとしている。また「彦火明命」が竹を編んで作った籠船に乗って龍宮へ行ったとの伝説もある。冠島は、別名「竜宮島」とも呼ばれているし、竜宮城はこの島にあったのだろうか?

股のぞき発祥の地

f:id:YOSHI88:20211019105327j:plain展望台のある場所からさらに徒歩で3分ほど登ると、「傘松」という名の松がある『股のぞき発祥の地』がある。

f:id:YOSHI88:20211019105432j:plain「股のぞき発祥の地」からの眺めは、生い茂った松の木の先に、天橋立の「昇龍観」!

f:id:YOSHI88:20211019132417j:plainここでも「股のぞき」してみると、

f:id:YOSHI88:20211028161003j:plain雲の上に一本の浮き橋が架り、天空の「高天原」につながっているようにも見える。「天の浮橋神話」には、神代の時代、天にいたイザナギノミコト(男神)が地上の元伊勢籠神社の奥宮眞名井神社にいたイザナミノミコト(女神)のもとに通うために使っていた梯子が天橋立であったという話がある。

f:id:YOSHI88:20211019105807j:plain天橋立を股のぞきした後は、ケーブルカーで山を下り、集合場所の「籠神社」横のパーキングに戻る。ここからバスで廻旋橋のあった「文殊地区」へ行き、智恩寺を見学後、昼食(続く)。

海の京都・丹後半島周遊の旅(天橋立・籠神社・伊根の舟屋・立岩・城崎温泉)〜(2)

今年の初夏、緊急事態宣言が暫く解除された隙を狙って、天橋立のある「海の京都」と呼ばれる丹後半島を周遊する旅を満喫してきました。

①「天橋立」では観光船から眺望するとともに、ケーブルカーで山の中腹まで登って一望&「股覗き」し、さらに懐かしい舟屋が並ぶ②「伊根の舟屋」、高さが20mもある巨大な一枚岩③「立岩」、鳴砂の浜として有名な④「琴引浜」の順に周遊し、開湯1300年の⑤「城崎温泉」に宿泊。翌日は、兵庫県豊岡市にある、柱状節理が美しい国の天然記念物⑥「玄武洞」、但馬の小京都⑦「出石」を見学してきました。f:id:YOSHI88:20211004131436j:plain今回は、陸奥の松島安芸の宮島とともに、日本三景の一つ「天橋立」を遊覧船から観光します。

[2日目]

f:id:YOSHI88:20211013103004j:plainツアー2日目の朝食もバイキング形式。

f:id:YOSHI88:20211013105056j:plain今日も生憎の曇り空だが、窓側の座席を陣取り、天橋立を眺めながらの朝食。

f:id:YOSHI88:20211014130930j:plain朝食後、天橋立観光船に乗るため、バスで「宮津桟橋」へと向かいます。

f:id:YOSHI88:20211013105528j:plainホテルから20分程で到着。

f:id:YOSHI88:20211013111251j:plainツアー貸切の天橋立観光船「かもめ11号」に乗船。

f:id:YOSHI88:20211014104456j:plain観光船「かもめ11号」は、展望デッキのある2階建で、120名乗り。

f:id:YOSHI88:20211014104933j:plain出航して暫くは、凹型に深く入り組んだ宮津湾内を航行。

f:id:YOSHI88:20211014133819j:plain途中から、運河の如く、幅の狭い水路のような所を進んでいく。

f:id:YOSHI88:20211014131728j:plain前方に、水路を横断する橋が見えてきた。

廻旋橋

f:id:YOSHI88:20211014141224j:plain橋に近づくと、何と橋の一部が分断され、船が通過する空間が出来ている!

f:id:YOSHI88:20211014141559j:plainこの橋は「廻旋橋」と呼ばれ、長さ約36mで、右手の天橋立と左手の文殊堂のある文殊地区をつないでいるが、

f:id:YOSHI88:20211014142117j:plain観光船が接近する度に橋の中央が90度旋回し、船を通過させている。

f:id:YOSHI88:20211015102846j:plain廻旋橋を越えると直ぐに「天橋立桟橋」の乗り場。通常の観光船は一旦ここで止まるが、ツアー貸切船のため、そのまま通過。

f:id:YOSHI88:20211014142510j:plain天橋立桟橋」のある文殊地区を経由し、さらに阿蘇海(阿蘇湾ではない)を通って、「籠神社」や「傘松公園」のある府中地区の「一の宮桟橋」を目指します。

f:id:YOSHI88:20211014142213j:plain天橋立桟橋」を過ぎると、視界が開け、右手に阿蘇海に浮かぶ天橋立が見えてくる。

天橋立

f:id:YOSHI88:20211015105428j:plain天橋立」は、宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔てる湾口砂州で、海に浮かぶような全長約3.6kmの砂洲に、約5000本の松が生い茂る。

f:id:YOSHI88:20211015153505j:plain天橋立の松並木が防風林となっており、比較的穏やかな内海を運航するため、ほとんど揺れを感じることなく、ゆったりとした船旅。

f:id:YOSHI88:20211015105522j:plain天橋立の松並木に沿って運航する観光船からのカモメのエサやりも人気。

f:id:YOSHI88:20211015105627j:plain古事記』によると、イザナギイザナミの国生みにおいて「天の浮橋」に立ち、天の沼矛をまだ何も出来ていない海原に下ろし、「こをろこをろ」とかき回し矛を持ち上げると、滴り落ちた潮が積もり重なって島になったとする。この「天の浮橋」が「天橋立」のことと言われている。

阿蘇の舟屋

f:id:YOSHI88:20211015105705j:plain舟屋というと午後見学する「伊根の舟屋」が有名だが、また少し違った情緒のある溝尻地区の舟屋。この地区には37軒ほどの舟屋があって「阿蘇の舟屋」と呼ばれており、観光船からも眺望できる。

f:id:YOSHI88:20211015161358j:plain宮津桟橋」から約30分の乗船で、「一の宮桟橋」に到着。

f:id:YOSHI88:20211015161855j:plainここから、「丹後一宮元伊勢 籠神社」に立ち寄った後、天橋立を一望できる「傘松公園」へと向かいます(続く)。

海の京都・丹後半島周遊の旅(天橋立・籠神社・伊根の舟屋・立岩・城崎温泉)〜(1)

今年の初夏、緊急事態宣言が暫く解除された隙を狙って、天橋立のある「海の京都」と呼ばれる丹後半島を周遊する旅を満喫してきました。

①「天橋立」では観光船から眺望するとともに、ケーブルカーで山の中腹まで登って一望&「股覗き」し、さらに懐かしい舟屋が並ぶ②「伊根の舟屋」、高さが20mもある巨大な一枚岩③「立岩」、鳴砂の浜として有名な④「琴引浜」の順に周遊し、開湯1300年の⑤「城崎温泉」に宿泊。翌日は、兵庫県豊岡市にある、柱状節理が美しい国の天然記念物⑥「玄武洞」、但馬の小京都⑦「出石」を見学してきました。f:id:YOSHI88:20211004131436j:plain初日は、京都丹後鉄道宮舞線に乗車して天橋立へと向かいます。

[1日目]

東京駅7:57発の新大阪行き新幹線こだま号に乗車し、米原駅11:10着。f:id:YOSHI88:20211005012612j:plain米原駅は、新幹線の駅とは思えないほど閑散としている(笑)。

f:id:YOSHI88:20211005091358j:plainここからバスに搭乗。ちなみに今回参加するのは総勢30人弱のツアーで、年配の人が多い。

f:id:YOSHI88:20211005012844j:plain約30分程で北陸自動車道賤ヶ岳(しずがたけ)サービスエリアに到着。ここで各自昼食。

f:id:YOSHI88:20211005093845j:plainサービスエリア周辺の風景。不思議と心が和む。

f:id:YOSHI88:20211005013326j:plain昼食後バスで90分程移動し、京都丹後鉄道四所(ししょ)駅に到着。この駅は無人駅だが、意外と立派な駅舎。かつてこの付近にあった関所をイメージしたデザインらしい。f:id:YOSHI88:20211005105359j:plain駅構内に入ると、複線にはなっているものの、秘境の駅の雰囲気が漂っている。

f:id:YOSHI88:20211005105448j:plain1日の平均乗車人数は10人ちょっとのようだが、立派な待合所も設置されている。f:id:YOSHI88:20211008103013j:plain近くには、何やら怪しげな洞穴もある。

f:id:YOSHI88:20211007152507j:plain暫く待っていると、反対ホームに一両編成のノスタルジックで洒落た感じの電車がゆっくりと入ってきた。f:id:YOSHI88:20211007152651j:plain続いて、乗車する電車が勢い良く入線してきた。こちらの電車は至って普通(笑)。

f:id:YOSHI88:20211007145639j:plain勢い余って?予想していた停車位置を通過し遥か前方に停車(汗)。

f:id:YOSHI88:20211008135443j:plainこの「四所駅」から、舞鶴市宮津市を結ぶ「京都丹後鉄道宮舞線」で4駅先の「栗田(くんだ)駅」へと向かう。

f:id:YOSHI88:20211007153712j:plain丹後神崎駅丹後由良駅の間、「由良川」を横断。高さ3mの橋梁を通過する電車の車窓の両側には、海(若狭湾)と由良川が繋がって一体となった絶景が広がる。f:id:YOSHI88:20211007153830j:plain丹後由良駅」に到着。ヨットの帆をイメージした急斜面の屋根の駅舎が特徴的。

f:id:YOSHI88:20211007154118j:plainさらに、右手に栗田湾を眺めながら、栗田駅へと向かう。

f:id:YOSHI88:20211007154649j:plain栗田駅」に到着。乗車した四所駅からはおよそ20分程。

f:id:YOSHI88:20211007154746j:plainこちらの駅は、栗田湾を優雅に飛び交うカモメをイメージした和風調の駅舎。

f:id:YOSHI88:20211007154844j:plain観光バスに乗り換え、左手に広がる宮津湾を眺めながら本日の宿泊先のホテルへと向かう。

f:id:YOSHI88:20211007155331j:plain栗田駅からバスで15分程で、天橋立を一望できるリゾートホテル「ホテル&リゾーツ京都宮津」に到着。

f:id:YOSHI88:20211008141757j:plainホテル内の洒落たバーラウンジで休憩。

f:id:YOSHI88:20211007160132j:plain眼前に広がる「天橋立」を眺めながら束の間のティータイム。

f:id:YOSHI88:20211007145943j:plain夕食は、50種類程の料理から選べる、地元の食材を中心としたバイキング形式。左手手前は、丹後名物「丹後ばら寿司」。上に魚の醬油味のそぼろが乗っている。

f:id:YOSHI88:20211007160549j:plain窓側の座席からも、窓から天橋立を一望でき、天橋立を眺めながらの夕食。

二日目は、いよいよ天橋立を観光し、丹後半島を周遊して城崎温泉へと向かいます(続く)。