sarorunの気ままなぶらり旅

旅先での自然、遺跡、グルメについて気ままに呟きます

古事記「国生み神話」の世界から今日まで繋がる、国境の島々・対馬・壱岐の旅(2)

日本と大陸の中間に位置することから、これらを結ぶ海上交通の要衝として交易・交流の拠点であった対馬壱岐

対馬壱岐は、古事記「国生み神話」で、本州、四国、九州を含む日本の大きな8つの島「大八島国」(おおやしまぐに)の中のそれぞれ「津島」「伊伎島」として描かれ、「本州」や「佐渡」よりも先に誕生したとされています。そんな太古の古事記の世界から今日まで繋がる、島々の文化や歴史をたどる旅を楽しんできました。

旅の前半は、対馬。①万松院(対馬藩主宗家菩提寺)、②上見坂公園(標高358mの展望台)、③椎根の石屋根(県指定有形文化財)、④小茂田浜神社(元寇ゆかりの神社)、⑤海神神社(対馬国一の宮)、⑥和多都美神社(海中にそびえる鳥居が美しい)、⑦烏帽子岳展望台(360度をぐるりと見渡せる)の順に観光しました。(地図提供元:Re島プロジェクト)

今回は、③「椎根の石屋根」、④「小茂田浜神社」を見学した後、①万松院のある「厳原港」近くに戻り、日本料理「志まもと」で夕食後、「ホテル対馬」に宿泊します。

椎根の石屋根

椎根の石屋根は、対馬市南西部の「椎根」(しいね)地区にある、石屋根の倉庫群のこと(県指定有形文化財)。

これらの倉庫群は、対馬で産出される板状の石で屋根を葺いた対馬独特の高床式の建物。朝鮮海峡に面し、風が強い対馬では、農産物などを入れる倉庫の屋根として、瓦の代わりに厚くて大きな自然の石が使われていた。

これらの建物は、人家には使用せず、火災から守るため母屋から離れたところで、食料や衣類、什器など生活に重要なものを保管していたといわれている。しかも床を高床式とすることで、風・火湿気にも強い倉庫になっている。

柱は、断面が長方形の「平柱」であって椎材を用い、周囲の壁・床・天井には松材を用いた。

近くにある「石屋根橋」。

欄干も石屋根の形状で凝っている。

「石屋根橋」を渡って少し歩いていくと、

「椎根川」に沿って小屋が並んでいるが、多くは石屋根から瓦に葺き替えられている。

こちらの倉庫は、格子柄が特徴的。

屋根には、白鷺が威厳高く人の様に立っている(笑)。

小茂田浜

「椎根の石屋根」のやや北側に位置し、県道44号と並走する佐須川(さすがわ)の河口付近にある海岸。河口は港が整備され、右岸は小茂田浜海水浴場になっている。

今は海浜公園にもなっている平和な場所だが、どこか物哀しく感じるのは、かつて「蒙古襲来」(文永の役(1274年)で3万とも言われる元の軍隊が上陸してきた)の古戦場であったためか…。対馬守護代であった宗助国(そうすけくに)は、わずか80名ほどの兵を率いて元軍を小茂田で迎え撃ち、全員戦死したといわれている。

助国以下戦死した将兵は、隣接する「小茂田浜神社」(こもだはまじんじゃ)に祀られている。

小茂田浜神社

直ぐ横が「境内」になっている。神社には、助助ら勇敢に戦った将兵の霊が祀られ、毎年11月12日の祭礼の日には、その霊を慰める「元寇祭」が行われる。

小茂田浜神社の社殿。「元寇祭」では、武者姿に扮した住民の皆さんが当時を思わせる鎧、兜、刀、槍などで身をかため、参道を練り歩き、その後、神官が蒙古軍が攻めてきた海に向かって弓を引き、武者たちが「えい、えい、おー」と威勢よくときの声をあげます。最後に助国らの戦いぶりを詠んだ「小茂田浜の歌」が歌われます。

境内を出ると、「元寇750年宗助国公騎馬像」や、

元寇700年平和之碑」、

元寇奮戦図」などが並んでおり、当時の対馬国を守るために、助国らが奮闘した様子が伝え継がれている。

案内板によれば、宗資国の墓と伝えられる「お首塚」が下原に、「お胴塚」が樫根にあり、一軍の首将の墓がバラバラにあるのも最期の壮絶さが伝わってくる。

海が近いため、参道に沿って防風林が立ち並ぶ。

最後に、小茂田浜神社の「一ノ鳥居」を後にする。参拝の順序が逆だった?

島南西部にある「小茂田浜神社」から、島を東西に横断する県道44号で、東岸の「厳原港」付近へと戻る。

志まもと

夕食は、ランチで利用した「ふれあい処  つしま」の隣で、対馬随一の高級店と言われる日本料理「志まもと」。

ブリ湯豆腐を始め、ひじきの煮物、小鉢ワカメ。酒は、対馬随一の日本酒で、対馬の霊峰から名付けられた「白嶽」(しらたけ)。

お刺身(鰹のタタキ、マグロ、平政、鰤)ヒオウギ貝(帆立貝と似ている)のオイル漬

対馬名物穴子カツ薩摩芋の澱粉で作った対馬独自のろくべえ汁茶碗蒸し

デザート(黒糖のくず餅)

「白嶽」は、スッキリとした甘口で後味が心地よい良い酒。対馬伝統の郷土料理に旬の食材を入り混ぜた、新たな食の出会いに感動!

宿泊先は「ホテル対馬」。建物や設備は年季が入っており、部屋も手狭だが、厳原の中心部に近く、バスターミナル(観光情報館ふれあい処つしま)やスーパーマーケット、ドラッグストア、コンビニが徒歩圏内でとても便利なロケーション。

翌日は、対馬を⑤海神神社(対馬国一の宮)、⑥和多都美神社(海中にそびえる鳥居が美しい)、⑦烏帽子岳展望台(360度をぐるりと見渡せる)の順に観光した後、壱岐に向かいます(続く)。

古事記「国生み神話」の世界から今日まで繋がる、国境の島々・対馬・壱岐の旅(1)

日本と大陸の中間に位置することから、これらを結ぶ海上交通の要衝として交易・交流の拠点であった対馬壱岐

これら対馬壱岐は、古事記「国生み神話」で、本州、四国、九州を含む日本の大きな8つの島「大八島国」(おおやしまぐに)の中のそれぞれ「津島」「伊伎島」として描かれ、「本州」や「佐渡」よりも先に誕生したとされています。そんな太古の古事記の世界から今日まで繋がる、島々の文化や歴史をたどる旅を楽しんできました。

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第1回目は、長崎から空路で対馬に入り、①万松院(対馬藩主宗家菩提寺)、②上見坂公園(標高358mの展望台)を訪れます。

f:id:YOSHI88:20220414104653j:plain(提供元:Re島プロジェクト)

[1日目]

f:id:YOSHI88:20220414110114j:plain羽田空港8:30発のANA661便に搭乗し、長崎空港へと向かう。

f:id:YOSHI88:20220417222524j:plain搭乗して間もなくのレインボーブリッジ、フジテレビ上空。大都会「東京」を一望。

f:id:YOSHI88:20220417222557j:plain雪と雲に覆われた富士山頂付近を通過。

f:id:YOSHI88:20220417224746j:plain小豆島上空あたり。幻想的な風景が広がる。

f:id:YOSHI88:20220417224913j:plain福山市上空。田島、横島、百島も見える。

f:id:YOSHI88:20220417231917j:plain三原市上空。雲の下に、佐木島生口島伯方島、大島、大三島も確認できる。
f:id:YOSHI88:20220416194400j:plainようやく長崎空港に近づいてきた。

長崎空港

f:id:YOSHI88:20220418111341j:plain羽田空港から2時間程で到着。空港の外観はレンガ色を基調とし、教会やチャペルをイメージしてか、白いアーチ状のデザインや大きな鐘が印象的。なお、空港到着後、いきなり地震警報が流れる。どうやらトカラ列島で最大震度5強の地震があった模様。幸い、空港建物内でほとんど揺れを感じなかった。

f:id:YOSHI88:20220414110827j:plain長崎空港は、空港全体が大村湾の沖合に位置する、世界初の海上空港。周囲の海が近いということもあり、開放感があって海風がとても心地良い。

f:id:YOSHI88:20220414111338j:plain長崎空港12:10発のANA4653便で対馬空港へと向かう。

f:id:YOSHI88:20220414222955j:plain対馬空港付近の上空を通過。この辺りは浅茅湾(あそうわん)で、複雑な入江のリアス式海岸が広がる。

対馬やまねこ空港

f:id:YOSHI88:20220414223038j:plain長崎空港から約30分で対馬に到着。

f:id:YOSHI88:20220418110911j:plainこの空港は、「対馬やまねこ空港」の愛称で親しまれている。愛称に含まれる「やまねこ」は、対馬のみに生息し、絶滅危惧種に指定されている「ツシマヤマネコ」(写真左側のイラスト)に由来。先ずは専用バスで昼食会場へと向かう。

ふれあい処  つしま

f:id:YOSHI88:20220414223156j:plain昼食会場は、空港からバスで約30分の「ふれあい処   つしま」。木造瓦屋根の和風建築が目を引く。この建物は、対馬藩の家老・古川家の「長屋門」を再現したもので、建物内には、観光案内所や対馬の特産品を売っている店もある。

f:id:YOSHI88:20220414223231j:plain建物内の「憩いの間」に昼食がセッティングされている。

f:id:YOSHI88:20220416194452j:plain昼食は、ろくべえ(中央)、穴子カツ(左上)に、小鉢とおにぎり。「ろくべえ」は、サツマイモの澱粉で作った対馬独自の黒くて太い麺料理。プルプルした食感が楽しめるヘルシーな郷土料理。「穴子カツ」の穴子は、身が厚く脂が乗っている。

昼食後は、近くにある対馬藩主宗家菩提寺「万松院」の見学へ。

しばらく金石川沿いの広い道を真っ直ぐに歩いていく。この辺りは、宗家が治めた対馬藩十万石の城下町。右側に、金石城の趣のある石垣が延々と続いている。

金石城跡(櫓門)

少し歩くと、金石城跡の櫓門(やぐらもん)が見えてくる。金石城は享禄元年(1528)に宗将盛(そう まさもり:宗家14代)によって金石館(屋形)が建てられ、1669年に宗義真が櫓を築いて金石城と呼ぶようになった。金石城は大火で焼失したが、櫓門は、1990年に復元された。

万松院

万松院(ばんしょういん)は、対馬藩主である宗家20代義成(よしなり)が父義智の冥福を祈って元和元年(1615年)に創建した菩提寺で、国の史跡に指定されている。

山門・仁王像

万松院は数度の火災により焼失したが、安土桃山式の山門と仁王像は創建当時のままで対馬最古の建物。

本堂

本堂は、数度の火災後、明治12年(1879年)に建造されたもの。

堂内には、朝鮮国王から贈呈された三具足(香炉・燭台・花瓶)が並んでいる。

百雁木

歴代藩主が祀られている御霊屋へと続く百雁木(ひゃくがんぎ)。132段ある石段が幽玄な雰囲気を醸し出している。

中御霊屋

この石段を上った場所に宗家一族の墓所である御霊屋(おたまや)がある。その規模は大大名並みで、金沢市の前田藩墓地、萩市の毛利藩墓地とともに日本三大墓地の一つとも言われている。

万松院の大スギ

墓所の近くに樹齢1200年と言われる万松院の大スギがあり、杉では対馬一の樹齢を誇っている。

上見坂公園

上見坂(かみざか)公園(上見坂園地)は、厳原(いずはら)町と、美津島(みつしま)町との境界に位置する峠(標高358m)にある。

「この丘陵は、東に対馬海峡、西に霊峰白嶽(515m・岩体は石英班岩)と、それに連なる稜線上に、古代の朝鮮式山城金田城跡の遺る城山、そして北に景勝のリアス式海岸浅茅(あそう)湾を隔てて、重畳する対馬北部の山々を望む。」(掲示板より)

展望台からは、浅茅湾の複雑な入り江が織りなす絶景が箱庭のように眼下に広がる。天気が良ければ、遠く九州本土や韓国の山々も見えるらしく、まさに国境の島ならではの眺望。

九州百名山のひとつ霊峰・白嶽(しらたけ)。神秘的な姿が古くから信仰の対象となっている。

対馬空港、大船越あたり。断崖の海岸が続いている。

この後、県指定有形文化財の③「椎根の石屋根」(石屋根倉庫)、元寇ゆかりの神社の④「小茂田浜神社」等を観光します(続く)。

自然と歴史が織りなす黄金の理想郷・佐渡の旅(7:最終回)

古事記」のイザナギ(夫)・イザナミ(妻)の国生み神話では、7番目に生んだ島とされ、江戸時代には金山の島として栄えた日本最大の離島、佐渡。島内各地には、自然豊かな景勝地や歴史的スポットなど多彩な魅力が詰まっており、自然と歴史が織りなす温暖な理想郷!そんな佐渡を2泊3日のツアーで楽しんできました。

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第7回(最終回)は、「古事記」の国生み神話に由来する⑥「夫婦岩」と、⑦「トキの森公園」の見学です。

七浦海岸

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新潟県佐渡市の二見から鹿伏までの約10kmにわたり変化に富んだ岩場が続く海岸線。夕日に照らされた景色が美しく、日本の夕陽百選にも選ばれている。日本海に突き出した「橘の長手岬」や「春日崎」、「高瀬の夫婦岩」(目の前)など、見所となるスポットも多い。

めおと岩ドライブイン

f:id:YOSHI88:20220303124242j:plain景勝地夫婦岩」の目の前に建つ「めおと岩ドライブイン」で昼食。

f:id:YOSHI88:20220304100227j:plain2階の食堂では、「海鮮丼」「ブリかつ丼」など海の幸が中心で、ツアー客は「海鮮丼」の昼食。量的にはやや物足りないが、目の前には七浦海岸が広がり、絶景が楽しめる。

f:id:YOSHI88:20220303125013j:plain食事後は、近くの海岸を自由散策。

f:id:YOSHI88:20220303125225j:plain岩礁が多い典型的な隆起海岸の風景が広がる。

高瀬の夫婦岩

f:id:YOSHI88:20220305105859j:plain佐渡島で「古事記」の国生み神話に由来するとされる大きな二つの岩が「高瀬(たこせ)の夫婦岩(めおと岩)」。

f:id:YOSHI88:20220305110158j:plain向かって右が夫の岩で高さ22.6m、左側が妻の岩で高さが23.1m。七浦海岸の波を受けて寄り添うように立っている。

f:id:YOSHI88:20220305102428j:plain写真左端のハートマークのある「夫婦(めおと)岩物語」の看板によると、イザナギイザナミは国産みの後、疲れを癒やすため自らの分身となる岩を作ったとされ、その分身がこの夫婦岩であり、後の島々はこの夫婦岩から生まれたとされる。

f:id:YOSHI88:20220303125456j:plainこの周辺は「高瀬(たこせ)」と呼ばれているが、これは神様が住んでいる天上を意味する「高天原」と地上を結ぶ瀬であったためともいわれている。

f:id:YOSHI88:20220303131439j:plain夫婦岩」観光後、「トキの森公園」へと向かう途中、幸運にもトキの群れに遭遇。

f:id:YOSHI88:20220304105146j:plainトキの大群が飛び立つ瞬間も間近で観察。

トキの森公園

f:id:YOSHI88:20220303131826j:plainトキの森公園は、佐渡島の中央部に広がる国中平野の東側、新穂地区にあり、公園には「トキ資料展示館」と「トキふれあいプラザ」の二つの施設がある。

f:id:YOSHI88:20220303131731j:plain公園入口付近にポツンと佇むトキの郵便ポスト。

トキ資料展示館

f:id:YOSHI88:20220303132315j:plain「トキ資料展示館」では、トキの生態や歴史、保護の取り組みを学べるほか、保護センターのトキをケージ越しに見学することができる。

f:id:YOSHI88:20220303132346j:plainf:id:YOSHI88:20220303132407j:plainはく製標本、骨格標本、映像資料、保護増殖に関するパネルなどが展示。

f:id:YOSHI88:20220303132651j:plainトキはかつて、ほぼ日本全土で普通に見られる鳥だったが、農薬の使用、生息地の改変などの環境破壊が起こり、1952年「特別天然記念物」に1960年「国際保護鳥」に指定されたが、その頃にはすでに20羽前後にまで減少した。

f:id:YOSHI88:20220306090311j:plainその後、日本におけるトキの最後の生息地となった新穂地区(旧新穂村)にトキ保護センターが設置され、現在では保護センターを中心に島内外の施設で約200羽が飼育されている。

f:id:YOSHI88:20220303132833j:plainf:id:YOSHI88:20220303133051j:plain園内に隣接した「佐渡トキ保護センター」でトキが飛翔可能な大型ケージ内に飼育されており、佐渡の象徴「トキ」を間近で観察できる。

トキふれあいプラザ

f:id:YOSHI88:20220305221506j:plain「トキふれあいプラザ」では、飼育しているケージ内の植栽や水田等を佐渡の自然に近い状態にしており、トキがエサを食べに「観察窓」近くまで来るように工夫されている。

f:id:YOSHI88:20220303133632j:plainしかし、残念ながら、トキは奥の方の止まり木に留まったままでで、「観察窓」まで寄ってこなかった

f:id:YOSHI88:20220303133910j:plain公園入口近くにある「トキのもり売店」。

f:id:YOSHI88:20220306095128j:plainここでは、初日の夕食で飲んだ純米酒「至」を購入。

f:id:YOSHI88:20220303133846j:plain見学を終えて待っていると、丁度郵便局員が郵便物の回収に来る。このポスト、トキのオブジェとかではなく、実際に使用されているようだ(笑)。

f:id:YOSHI88:20220303134331j:plain「トキの森公園」を後にし、両津港へと向かう。

f:id:YOSHI88:20220303134424j:plain両津港15:30発の新潟港行ジェットフォイルに乗船。

f:id:YOSHI88:20220303134449j:plain帰路、佐渡方向に沈みゆく夕陽が美しい。このツアー、佐渡の夕陽の出迎えで始まり、佐渡の夕陽の見送りで終了。

f:id:YOSHI88:20220305191723j:plain16:30頃新潟港に到着。ここからタクシーに分乗して新潟駅へ。

f:id:YOSHI88:20220305191815j:plain新潟駅に到着した頃は、辺りは真っ暗。新潟駅17:44発の新幹線とき340号で帰京。

(終わりに)

佐渡は、豊かな土壌と気候に恵まれており、平野部は良質な米の栽培地として知られ、南側は温暖な気候で果物栽培も盛んで、リンゴからみかんまで収穫できる。これまで寒い雪国だと思っていたので、みかんまで栽培されていたとは驚きだった。

また、古事記の国生み伝説の残る佐渡島内各地には、自然豊かな景勝地やパワースポットなど多彩な魅力が詰まっており、今回、特に、佐渡に広がる大地の魅力を堪能できた。

巨大な一枚岩のパワースポット「大野亀」、冥途との境にあるとされる「賽の河原」、佐渡最大の海底溶岩の浸食によりできたとされる溶岩洞窟「琴浦洞窟」、トルコ・カッパドキアに似た荒涼たる風景の「尖閣湾」、天上を意味する「高天原」と地上を結ぶ瀬であったともいわれる「高瀬(たこせ)の夫婦岩」等、佐渡の自然が創り出した奇跡のアートとも言えるような絶景は素晴らしかった。

佐渡の魅力は、2〜3日では味わいきれないとされるので、今度は6月頃「大野亀」に登ってトビシマカンゾウを眺めたり、「ドンデン高原」や「加茂湖」などの今回行けなかったジオパークにも足を延ばしたいものだ。

自然と歴史が織りなす黄金の理想郷・佐渡の旅(6)

古事記」のイザナギ(夫)・イザナミ(妻)の国生み神話では、7番目に生んだ島とされ、江戸時代には金山の島として栄えた日本最大の離島、佐渡。島内各地には、自然豊かな景勝地や歴史的スポットなど多彩な魅力が詰まっており、自然と歴史が織りなす温暖な理想郷!そんな佐渡を2泊3日のツアーで楽しんできました。

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第6回[ツアー3日目]は、佐渡屈指の断崖の絶景地③「尖閣湾揚島遊園」、古代遺跡のような産業遺産④「北沢浮遊選鉱場跡」、かつて日本最大の金銀山だった⑤「史跡佐渡金山」などを回ります。

f:id:YOSHI88:20220209154714j:plain朝食は、ヘルシーな和食善。佐渡産の新鮮な海鮮物の小鉢が並んでいる。

f:id:YOSHI88:20220209154838j:plain生憎の曇り空だが、ホテルの窓から綺麗な虹が見える。

f:id:YOSHI88:20220209154912j:plain佐渡温泉「ホテル大佐渡」を後にし、断崖絶壁が連なる景勝地尖閣湾揚島遊園」へと向かう。

鬼ヶ城(おにがせ)

f:id:YOSHI88:20220209155010j:plain途中、佐渡の北側の海岸線(外海府海岸)に沿った旧・相川町にある、「鬼ヶ城」(おにがぜ)という岩。鬼が横を向いていると言うより、動物の横顔のようにも見える。

尖閣湾揚島遊園

f:id:YOSHI88:20220213152758j:plain尖閣湾」は、30m級の尖塔状の断崖が約3kmにわたって連なる海岸に広がる5つの小湾の総称。

f:id:YOSHI88:20220213153004j:plain尖閣」という名は、ネット等で調べると、北欧ノルウェーのハルダンゲル・フィヨルドの景観に似ていることから命名されたとある。

f:id:YOSHI88:20220214152125j:plain←ハンダンゲル・フィヨルド

f:id:YOSHI88:20220213153440j:plainが、しかし、「ハルダンゲル」はノルウェーの一地方の名称、「フィヨルド」は「峡湾」の意味で、「ハルダンゲル・フィヨルド」から「尖閣」という名称は導き出せない(笑)。なお、一帯は海中公園となっており、湾内を海中透視船(グラスボート)が周航している。

f:id:YOSHI88:20220213153651j:plainここ「尖閣湾揚島遊園」は、『君の名は』(昭和28年、菊田一夫原作の映画)のロケ地となったスポット。ちなみに、2016年に公開され大ヒットした新海誠監督の劇場用アニメ「君の名は。」と紛らわしいが、全く関係はない。

まちこ橋

f:id:YOSHI88:20220213173557j:plain展望台がある島(揚島)へのつながる橋の名は「遊仙橋」(ゆうせんきょう)だが、映画の吊り橋のシーンに出演したヒロイン「氏家真知子」にちなみ、「まちこ橋」とも呼ばれている。

揚島展望台

f:id:YOSHI88:20220213155543j:plain展望台からは、雄大尖閣湾(外海府海岸)が一望できる。f:id:YOSHI88:20220213155619j:plain海と空の大パノラマが広がる。

f:id:YOSHI88:20220213155932j:plain展望台から続く、この世のものとは思えない様な荒涼たる風景。

f:id:YOSHI88:20220213161342j:plainf:id:YOSHI88:20220213172209j:plain30年程前にトルコで遭遇した「カッパドキア」の風景を思い出した。

カッパドキア旅行記はこちら→

www.sarorun.jp

水族館・資料室

f:id:YOSHI88:20220213162544j:plain尖閣湾揚島遊園内にある水族館&資料室。

f:id:YOSHI88:20220213162712j:plain1階は、尖閣湾近海の海水魚を展示する水族館。2階は、資料館で松竹映画「君の名は」の写真パネルや、明治から昭和初期の民具などが展示されている。見学後は、バスで約10分の所にある北沢浮遊選鉱場跡へ。

北沢浮遊選鉱場跡

f:id:YOSHI88:20220216182139j:plain昨晩のライトアップ時に続き、日中再度訪れた「北沢浮遊選鉱場跡」。北沢浮遊選鉱場は、日本最大の金銀山「佐渡金山」で採掘された鉱石から不用鉱物を取り除く「選鉱」という鉱石処理をするために使われていた施設。

f:id:YOSHI88:20220213180024j:plain1930年代後半、戦時下の大規模な設備投資によって建造されたこの施設は1ヶ月で5万トン以上の鉱石を処理できることから、「東洋一」と謳われていた。

f:id:YOSHI88:20220216182051j:plainしかし、操業開始からわずか20年足らずでその役目を終え、現在は廃墟と化している。

f:id:YOSHI88:20220216184643j:plain階段状のコンクリートの躯体のみが残された巨大な建物の残骸には、草や苔が生い茂り、その荒廃した光景は、まるでジブリ映画の「天空の城ラピュタ」の世界観を漂わせている。

広場

f:id:YOSHI88:20220216185321j:plain広大な跡地の一部には、プールやゴルフ練習場が建設された時期もあったようだ。2010年には広場が整備され、グッドデザイン賞を受賞している。ちなみに、この跡地の入場は無料。有料化して景観をちゃんと守って欲しいものだ。

火力発電所

f:id:YOSHI88:20220213175544j:plain昨夜は幽霊屋敷のように見えたレンガ造の発電所は、日中見ると洒落た洋風の建物に思える(笑)。

シックナー

f:id:YOSHI88:20220213175805j:plain川(濁川)を挟んだ対岸には、昨夜コロッセオのようだったシックナーが見える。

f:id:YOSHI88:20220213180641j:plainシックナーは、昭和15年に完成した直径50mの泥鉱濃縮装置。濁川上流にある間ノ山(あいのやま)搗鉱場から排出された泥状の金銀を含んだ鉱石は、この装置で水分を分離する工程を経たのち、対岸へと送られた。

f:id:YOSHI88:20220213180902j:plain対岸の北沢浮遊選鉱場では、他の金銀原料と一緒に処理されて、精鉱が産出された。

工作工場群跡

f:id:YOSHI88:20220216214938j:plain濁川を挟んだ北沢浮遊選鉱場の対岸に位置し、佐渡鉱山の各施設で使用する機械部品類の製造や修理のために作られた施設。木工工場、鋳造工場、仕上工場、製缶工場、分析所など複数の施設が作られ、昭和27年まで稼働した。

鋳造工場跡

f:id:YOSHI88:20220216215942j:plain「鋳造工場」は、木型工場で組まれた木型を基に作られた鋳型に溶けた金属を流し込み、様々な種類の機械部品を製造する施設。鉄を溶かすためのキューボラ(溶銑炉)も残存しており、キューボラ手前にはコンクリート製の巨大な地下穴がある。

仕上工場跡

f:id:YOSHI88:20220216192814j:plain鋳造工場や鍛造工場などで製造された機械部品は、「仕上工場」で最終的な加工作業が行われた。

「北沢浮遊選鉱場跡」の見学後は、バスで約5分の所にある佐渡金山へ向かう。

史跡佐渡金山

佐渡金山」は、江戸から平成までの388年間に、金78トン、銀2330トンが産出され、かつては日本最大の金銀山だった。開削された坑道は蟻の巣のように広がり、総延長は約400km(佐渡~東京間)に達している。

f:id:YOSHI88:20220215165614j:plain見学コースは、「道遊坑」明治官営鉱山コース(左側)と「宗太夫坑」江戸金山絵巻コース(右側)の2つがあり、右側の江戸コースを選択する。なお、「宗太夫坑」とは江戸初期に開発された手掘り坑道の事。

f:id:YOSHI88:20220213204523j:plain人形を使って、当時の採掘作業を忠実に再現している。これは、「水上輪」と呼ばれる坑内水の汲み上げ作業。

f:id:YOSHI88:20220213204858j:plain坑内に新鮮な空気を送り込む風送り作業。

f:id:YOSHI88:20220213204942j:plain坑内の休息所で「馴染みの女にでも会いてえなぁ」と喋る、有名な「馴染みの女」おじさん!(笑)

f:id:YOSHI88:20220213205801j:plainひ押と呼ばれる手掘り坑道跡。

f:id:YOSHI88:20220213205308j:plain手掘り採掘作業。

f:id:YOSHI88:20220213210101j:plain「やわらぎ」と呼ばれる儀式で、現在も神事で行われている。

f:id:YOSHI88:20220213210509j:plain見学後は、中庭のカフェで売っている「金箔入り珈琲」で一服。

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この後、夫婦岩ドライブインで昼食し、トキの森公園でトキの見学です(続く)。

自然と歴史が織りなす黄金の理想郷・佐渡の旅(5)

古事記」のイザナギ(夫)・イザナミ(妻)の国生み神話では、7番目に生んだ島とされ、江戸時代には金山の島として栄えた日本最大の離島、佐渡。島内各地には、自然豊かな景勝地や歴史的スポットなど多彩な魅力が詰まっており、自然と歴史が織りなす温暖な理想郷!そんな佐渡を2泊3日のツアーで楽しんできました。

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第5回目は、真野地区にある「尾畑酒造」での日本酒の試飲後、大佐渡温泉「ホテル大佐渡」へ向かい、夕食の後に夜の幻想的な④「北沢浮遊選鉱場」のライトアップを観賞します。

小木地区でたらい舟と高速モーターボートに搭乗した後は、バスで海岸線に沿って北上し、真野地区にある「尾畑酒造」へと向かう。

f:id:YOSHI88:20220201111732j:plain途中、変わった岩を発見。右側の黒い岩の表面に、白い鉱物が網目模様を作っている。この辺りには潜岩(くぐりいわ)と呼ばれる同様の網目模様の岩があり、海底火山の噴火で流れ出た溶岩が海中で固まったものとされている。

尾畑酒造

f:id:YOSHI88:20220201103320j:plain尾畑酒造は、明治25年(1892)創業で、「真野鶴」は日本最高峰全国新酒鑑評会において栄えある「金賞」を2001年より通算10回の受賞。また、エールフランスのファーストクラス機内酒として搭載されるなど世界に認められた実力派の蔵元。

f:id:YOSHI88:20220201102753j:plain中に入ると、フランスの日本酒品評会「kura Master(クラマスター)」の純米大吟醸部門で最高賞のプラチナ賞を獲得した「真野鶴 純米大吟醸原酒」、関東信越国税酒類鑑評会で「優秀賞」を受賞した「真野鶴 万穂」などが誇らしげに展示されている。

f:id:YOSHI88:20220201102854j:plainまずはビデオにて酒造り工程の紹介。尾畑酒造がモットーとするのは、酒造りの三大要素と言われる米・水・人に、さらに生産地の佐渡を加え四つの宝の和をもって醸す「四宝和醸」。

f:id:YOSHI88:20220201102951j:plainプラチナ賞を受賞した酒は、肥料にカキの殻を使い、朱鷺(トキ)と暮らす郷づくり認証米として育てられた酒米「越淡麗」を使用。尾畑酒造の酒造りに対するこだわりが感じられる。

f:id:YOSHI88:20220201103030j:plain銘酒がずらりと並ぶカウンターには、3種の能面(左から「般若」「翁」「小面」(こおもて:若い女性をあらわす))が飾られ、佐渡伝統の能文化が感じられる空間になっている。

f:id:YOSHI88:20220201103149j:plain4種類の日本酒の試飲用サーバー。試飲用の小さいコップで何度でも(?)味わえる。①の「真野鶴大吟醸」は、爽やかでフルーティな香りと、華やかで軽快な味わい。②の「真野鶴純米吟醸」は、ライチをほうふつさせる味わいが口の中に含むと優しく広がり淡雪のようにスーっと消えていく。「雪空のむこう」とはなかなか洒落たネーミングセンス!

f:id:YOSHI88:20220201103240j:plainここでは、「真野鶴・純米〈鶴〉」を購入する。

f:id:YOSHI88:20220201105512j:plain尾畑酒造を後にし、大佐渡温泉「ホテル大佐渡」へと向かう。途中、佐和田(冒頭の地図参照)近くにある、真野湾に注ぐ「石田川」。

f:id:YOSHI88:20220201104704j:plain真野湾に沿って連なる松林「越の松原」。

f:id:YOSHI88:20220201104808j:plain真野湾の北側にポツンと位置する「沢根港防波堤灯台」。

佐渡温泉「ホテル大佐渡

f:id:YOSHI88:20220202172416j:plain夕刻に、高台に建つホテルに到着。全室オーシャンビューの部屋からは、窓から見える日本海と青空が大きな絵画のよう。

f:id:YOSHI88:20220202174933j:plainテーブルには、さり気なく誕生日祝いのフルーツと折鶴と色紙が置いてあった。ホテル大佐渡スタッフの心遣いが嬉しい。

f:id:YOSHI88:20220202172536j:plainホテル内のレストラン「四季彩」で夕食。

f:id:YOSHI88:20220202173040j:plain夕食会場へ行くと、テーブルの真ん中に巨大な佐渡沖産「紅ズワイガニ」が一匹ドンと配され、存在感を放っている。その周りに、佐渡名物の漁師料理「烏賊のごろた焼き」、河豚の子の粕漬け、タコ、まぐろ・甘エビ等のお刺身、磯海苔の茶碗蒸しなどが置かれて、海の幸をふんだんに使った和食となっている。

f:id:YOSHI88:20220205101923j:plain添乗員さんから頂いた手書きのバースデーカードとワインで乾杯!しかし、添乗員さんは絵が上手いなぁ〜。添乗員さんの心配りに感謝!

f:id:YOSHI88:20220202175159j:plain佐渡コシヒカリ、味噌汁、香の物、おけさ柿のシャーベット。

f:id:YOSHI88:20220202175218j:plain食後は、ラウンジ賛世渡(さんせっと)でピアノの演奏を聴きながら、「北沢浮遊選鉱場」行きの送迎バスを待つ。ピアノの背後にある大きな絵画は、「羽衣伝説」に登場する天女らしい。能面を被った天女の頭部に何故か後光が差している?

北沢浮遊選鉱場ライトアップ

f:id:YOSHI88:20220202175304j:plainホテルから車で約7分のところにある「北沢浮遊選鉱場」。もともとは銅の製造過程で行われていた技術であった浮遊選鉱法を金銀の採取に応用して日本で初めて実用化に成功し、昭和10年代の建設当時は東洋一の規模とされた。現在はコンクリートの構造のみが残る。

f:id:YOSHI88:20220202175645j:plainアニメ映画「天空の城ラピュタ」に登場する遺構を思わせるとして、観光客に人気が高い。

f:id:YOSHI88:20220202175702j:plain夜間、LED照明を使って、北沢浮遊選鉱場(国史跡)の色彩豊かなライトアップが実施される。

f:id:YOSHI88:20220202175743j:plainかつては「東洋一」ともうたわれた近代遺産の象徴が、夜の闇に幻想的に彩どられる。

f:id:YOSHI88:20220202175803j:plainライトアップのプログラムは、四季の変化に合わせて変更も予定されているらしい。

f:id:YOSHI88:20220202175628j:plain近くにある直径50mの巨大なシックナー(濃縮器)も、北沢浮遊選鉱場と共にLED照明によってライトアップされ、浮かび上がる。まるでローマのコロッセオのよう。

f:id:YOSHI88:20220202175824j:plain入り口近くにある煉瓦造りの発電所。こちらは、まるで幽霊屋敷のようだ。

翌日(3日目)は、③尖閣湾揚島遊園、④北沢浮遊選鉱場、⑤史跡佐渡金山などを回ります(続く)。

自然と歴史が織りなす黄金の理想郷・佐渡の旅(4)

古事記」のイザナギ(夫)・イザナミ(妻)の国生み神話では、7番目に生んだ島とされ、江戸時代には金山の島として栄えた日本最大の離島、佐渡。島内各地には、自然豊かな景勝地や歴史的スポットなど多彩な魅力が詰まっており、自然と歴史が織りなす温暖な理想郷!そんな佐渡を2泊3日のツアーで楽しんできました。

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第4回目は、②小木のたらい舟乗船と高速モーターボートによる青の洞窟「琴浦洞窟」等の観光です。

f:id:YOSHI88:20220121165531j:plain小木港近くにある「小木家」で昼食後は、バスで「たらい舟のりば」に移動。

たらい舟

f:id:YOSHI88:20220118142024j:plain乗り場では、最初に「モーターボート」に乗るグループと「たらい舟」に乗るグループとに分かれる。自分達は、最初にたらい舟に乗るグループ。

f:id:YOSHI88:20220118142138j:plainたらい舟のりばに行くと、既に沢山のたらい舟がロープ1本で風船のようにゆらゆらと桟橋の端につながれている。

f:id:YOSHI88:20220118142205j:plain元々は、磯ねぎ漁をするために作られたたらい舟。狭く入りくんだ岩礁が多い小木海岸で、ワカメやアワビ、サザエなどをとるために考案されたもので、洗濯桶から改良に改良を重ね、現在のたらい舟になったと言われている。

f:id:YOSHI88:20220118142309j:plain2〜3人毎にたらい舟に乗船して順次出発。乗船人員は通常3名までだが、スレンダーな人や子供なら4人乗っても大丈夫。何しろ女船頭さんによる実験では11人が乗って沈まなかったらしいので、最大記載量は約500kg。150kgの力士でも3人程度ならOKか?ただし、たらい舟からはみ出して落ちそうだが(笑)

f:id:YOSHI88:20220118142946j:plainたらい舟は、縦180cm、横140cm、深さ55cmで楕円形をしており、実際に漁で使うものよりも一回り大きい。樹齢約60年の杉から作られ、長さ10m以上の真竹で縛られている。恐る恐る乗ってみると、意外にも安定しており、海の上にいる気がしない。

f:id:YOSHI88:20220118142501j:plain佐渡おけさで知られるすげ笠をかぶり、昔ながらのかすりの上着を着た女船頭さんがたらい舟を巧みに操り、熟練の技術でスイスイ漕いで行く。

f:id:YOSHI88:20220119100620j:plain赤い屋根の「マリンターミナルビル」をバックに記念撮影。撮影時は、船頭さんに自分の携帯を渡すと、隣のたらい舟の船頭さんに素早く携帯を手渡して隣の舟からの撮影。船頭さん同士の手馴れた連携振りに思わずに感心する。

f:id:YOSHI88:20220118142814j:plainたらい船体験は15分ほどで終了。昨日の天気予報では雨の予報で傘を差しながらの乗船かと思っていたが、予報が外れて天気にも恵まれた。実は今日は自分の誕生日。誕生日プレゼントなのかもしれない。

f:id:YOSHI88:20220118141907j:plain下船後は、先程の記念撮影で撮った海の駅マリンターミナルビルで暫し休憩。

f:id:YOSHI88:20220118143631j:plainサービスのサザエのつぼ焼きを摘みながら、「モーターボート」に乗船したグループが戻ってくるまで待つ。

f:id:YOSHI88:20220121165723j:plain次に、高速モーターボートによる小木海岸の「虫谷の入江」と「琴浦洞窟」の観光のため、再度「たらい舟のりば」に向かう。

f:id:YOSHI88:20220119103639j:plainたらい舟のり場の左側に停まっている、ツアー貸切の高速モーターボート「ニューはまゆう」に乗船。

f:id:YOSHI88:20220119103845j:plainこの「ニューはまゆう」でオーシャンブルーの海の上を風のように走り抜ける。

f:id:YOSHI88:20220118145119j:plain舟の後ろに出来る白い波しぶきが爽快!今度は、たらい舟とは真逆のスピード感が味わえる。

f:id:YOSHI88:20220119105512j:plain小木海岸では、いたるところに澗(ま)と呼ばれる大小数十の海食洞や波食痕、風食痕が見られる。

奇岩「左八文字」(虫谷の入江)

f:id:YOSHI88:20220118144025j:plain「虫谷の入江」の入り口近くにある奇岩。岩壁に海蝕によってできたとされる大小2つのくほみがあり、眺める角度によって漢数字の「八」のようにも見える。

f:id:YOSHI88:20220119105432j:plainただし、通常「八」の字は右側を長く書くが、このくぼみは反対の左側が大きく長いので「左八文字」と呼ばれる。弘法大師の筆跡とも伝えられている。

f:id:YOSHI88:20220118144226j:plain海底が見えるほど透き通っている。

f:id:YOSHI88:20220119105242j:plain「虫谷の入江」の奥で方向転換。

f:id:YOSHI88:20220119104551j:plain「虫谷の入江」の入り組んだ中まで入って来ている。

琴浦洞窟(竜王洞)

f:id:YOSHI88:20220122234825j:plain佐渡最南端にある琴浦の洞窟群の中でもこの竜王洞は「青の洞窟」と呼ばれ、奥行45m、幅22m、高さ7.5mのドーム型で、佐渡最大の海底溶岩の侵食によりできた溶岩洞窟。

f:id:YOSHI88:20220119110807j:plain海面は綺麗なエメラルドグリーン。

f:id:YOSHI88:20220122164022j:plain海底が見えそうな程に透明度が高い。

f:id:YOSHI88:20220122163141j:plain神秘的な空間の中、別世界に入り込んだような気分になる。

次回は、真野地区にある「尾畑酒造」で日本酒の試飲をした後に、大佐渡温泉「ホテル大佐渡」へと向かいます(続く)。

自然と歴史が織りなす黄金の理想郷・佐渡の旅(3)

古事記」のイザナギ(夫)・イザナミ(妻)の国生み神話では、7番目に生んだ島とされ、江戸時代には金山の島として栄えた日本最大の離島、佐渡。島内各地には、自然豊かな景勝地や歴史的スポットなど多彩な魅力が詰まっており、自然と歴史が織りなす温暖な理想郷!そんな佐渡を2泊3日のツアーで楽しんできました。

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第3回目は、江戸時代に北前船の寄港地として発展し、船大工によって作られた当時の面影を色濃く残す②「宿根木」集落の観光です。

①「大野亀」散策後は、約2時間かけて、佐渡の最北端から最南端へ移動。

f:id:YOSHI88:20220111101443j:plain途中、佐渡の玄関口「両津港」ターミナルビルでトイレ休憩。

人面岩

f:id:YOSHI88:20220111102309j:plain真野から小木へと向かう「越の長浜」で、車窓から「人面岩」を一瞬観察。高さ10mほどの奇岩。確かに、人の横顔に見える。

椿尾弁天岩

f:id:YOSHI88:20220111102437j:plain小木近くの椿尾で、ひと際異彩を放つ奇岩に遭遇。この岩の姿は、弁天様が琵琶を抱え弾奏し、その傍らに蛇が待っているように見えると伝えられている。岩の中ほどには鳥居と祠があり、祠には弁財天が祀られている。

宿根木

f:id:YOSHI88:20220111110824j:plainf:id:YOSHI88:20220111121516j:plain宿根木は、佐渡島の最南端の海岸の入り江にある小さな集落。

f:id:YOSHI88:20220111121553j:plain佐渡金山繁栄期の江戸寛文期(1661~1678年)に廻船業の集落として栄えた。船大工の技術が結集した町並みや建造物が当時のまま保存され、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に認定されている。

よしかわ屋

f:id:YOSHI88:20220113110738j:plain集落の入り口手前にある食事処「よしかわ屋」。屋根は、瓦が入ってくるまで主流だった「石置木羽葺屋根」(薄割りにした木の板を何枚も重ねた「木羽葺き」の上に石を置いた屋根)が復元されている。

竹の風垣

f:id:YOSHI88:20220111121815j:plain海側から宿根木集落への入り口には、海風から集落を守る竹でできた風垣が設けられている。

世捨小路(よすてこうじ)

f:id:YOSHI88:20220112210001j:plain入り口から続く集落で一番古い「石畳」の道。世捨小路という奇妙な名前の由来は不明。村の奥にある神社、お寺へ向かう人々も必ずこの世捨小路を通る、言わば集落のメインストリート。

地理学者「柴田収蔵」の生家

f:id:YOSHI88:20220111122211j:plain柴田収蔵は、蘭学のほか、医学、天文地理学を極め、鎖国政策下において、世界に目を向け数多くの地図を残した人物。

f:id:YOSHI88:20220113225631j:plain迷路のような石畳の路地に、今も100棟を超える板壁の民家が密集している。船大工の技術が結集した宿根木の町並みには歴史の重みと人々の日々の暮らしとが交錯する静かな時間が流れている。

船主の豪邸「清九郎」

f:id:YOSHI88:20220111122137j:plain江戸時代後期から明治にかけて廻船2隻を所有し、財をなした廻船主の元邸宅「清九郎」。建築材料、技術とも当時の宿根木集落内の最高水準を誇る建物。

旧郵便局舎

f:id:YOSHI88:20220114110432j:plainf:id:YOSHI88:20220114000614j:plain1921年(大正10年)に電信・電話の開始を記念し建てられた。緑色の外観がひときわ鮮やか。宿根木では珍しい洋風建築だが、不思議と周囲の建物と調和して溶け込んでいる。

あなぐち亭

f:id:YOSHI88:20220114110900j:plain廻船主佐藤伊左衛門家の屋敷。

f:id:YOSHI88:20220112210652j:plain越前三国港付近から千石戦で運ばれた笏谷石(しゃくたにいし)の敷石や広い庭が見られる。

称光寺川

f:id:YOSHI88:20220111122807j:plain集落の中には清澄な小川が流れている。かつては、洗濯をしたり野菜を洗ったりした洗い場だったようだ。

宿根木公会堂

f:id:YOSHI88:20220111122912j:plain芝居小屋形式(花道、2階観覧席、回り舞台の建物)の集合施設。大正期には小学校としても使われた。

白山神社

f:id:YOSHI88:20220111123022j:plainこの鳥居は、宿根木の船主高津勘四郎の寄進によるもので、石工は尾道出身の与三郎、石材の花崗岩尾道産である。宿根木海岸内に点在している白い「舟つなぎ石」(市記念物)も同様の由来がある。

三角家

f:id:YOSHI88:20220111123100j:plain建物の形から「三角家」「舟形の家」などと呼ばれている。狭い路地の形状に合わせ最大限に土地利用を図った知恵と技が見られ、宿根木を象徴する建物のひとつ。

f:id:YOSHI88:20220111123156j:plainJR東日本吉永小百合さんが登場するポスターの撮影場所として有名で、今ではすっかり人気の記念撮影スポット。

伊三郎

f:id:YOSHI88:20220111123530j:plain明治24年(1891年)頃築。特に軒下の「持ち送り」が特徴的。

f:id:YOSHI88:20220114154926j:plain

「持ち送り」に扇型の飾りを施し、姓の「石」の字を彫り込んだ意匠が洒落ている。

宿根木町並み案内所

f:id:YOSHI88:20220112203558j:plain「大浜」と呼ばれる海寄りの駐車スペースにある「町並み案内所」。公開民家の情報やオススメの観光スポットなどを教えてもらえる。

f:id:YOSHI88:20220111123809j:plainこちらにも、JR東日本吉永小百合さんが登場するポスターが展示されている。

小木家

f:id:YOSHI88:20220112211847j:plain宿根木観光後は、小木港佐渡汽船に隣接する「小木家」で自由昼食。

f:id:YOSHI88:20220112185258j:plainレストラン会場に入ると、

f:id:YOSHI88:20220112185428j:plain指定された座席に、希望の「天然ブリカツ丼」(1320円)が用意されている。少々甘めのタレのかかったブリカツは身も厚くボリュームたっぷり。有名な新潟カツ丼のブリ版といったところか。

f:id:YOSHI88:20220114180957j:plain各自好きなものを頼んで代金を払う自由昼食でも、添乗員さんの好手配により特に待たされる事もなく、スムーズに食事ができた。

昼食後は、小木たらい舟の乗船と、高速モーターボートによる青い洞窟「琴浦洞窟」観光です(続く)。