sarorunの気ままなぶらり旅

旅先での自然、遺跡、グルメについて気ままに呟きます

日本最南端の旅〜沖縄・八重山諸島(石垣島・西表島・由布島・竹富島・波照間島)〜(5:最終回)

昨秋、日本南端の島々、沖縄・八重山諸島を旅しました。島巡りのターミナルとなる石垣島から、西表島由布島竹富島の順に巡り、最後に有人島として日本最南端に位置する波照間島へ。

f:id:YOSHI88:20210608124726j:plain

ツアー4日目の最終日は、石垣島で一番の人気スポット川平湾の観光です。

[4日目]

f:id:YOSHI88:20210727102508j:plain朝食後、3連泊した石垣島のアートホテルを後にし、バスで石垣島北西部にある名勝地川平湾へと向かう。

石垣島の観光は、なんと最終日になって初めて。バスガイドが石垣島の方言などを説明してくれるが、出来れば初日に聞きたかった(笑)。

名蔵湾

f:id:YOSHI88:20210728155356j:plain途中、南西部に位置する島最大の湾「名蔵湾」を通過。干潟が広く、湾周辺には随所にマングローブなどが自生している。

f:id:YOSHI88:20210727102742j:plain眼前に広がる海の先には、西表島が見える。

f:id:YOSHI88:20210727102806j:plainおよそ30分程で、川平湾近くの「海の駅KABIR」に到着。

川平公園

f:id:YOSHI88:20210728155501j:plain先ずは、川平湾を望む高台の展望台を目指し、「川平公園」と書かれた石碑の右側の通路を進んでいく。なお、2つの灯篭の間にある階段を上っていくと17世紀に建立された「川平観音堂」につながっている。

f:id:YOSHI88:20210728160230j:plain川平公園内では、種々の木々も存在感を放っている。

f:id:YOSHI88:20210728155631j:plain樹木の間の居心地の良い空間を通って展望台へと向かう。

f:id:YOSHI88:20210728155712j:plain川平湾は日本百景の一つに選ばれており、展望台から、石垣島で最も美しいと言われる入り江を一望できる。

f:id:YOSHI88:20210728155755j:plain川平湾は、また、 『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』の三つ星を獲得するほどの景勝地。「エメラルドグリーン」に輝くとも言われる海の色は、この時間帯ではむしろ「ライトスカイブルー」か?

f:id:YOSHI88:20210728155856j:plain展望台から浜へと続く遊歩道には、至るところにハイビスカスが植えられている。

f:id:YOSHI88:20210728155938j:plain木々の間を降りて行き、

f:id:YOSHI88:20210728160028j:plainサラサラとしたパウダーサンドの浜を歩いて、

f:id:YOSHI88:20210729184834j:plainグラスボートの乗り場へと向かう。

f:id:YOSHI88:20210729184901j:plainグラスボートの中に入ると、真ん中の船底がガラス張りで、そこから間近に海中のサンゴ礁を観察できるようになっている。

f:id:YOSHI88:20210728162312j:plain石垣島には、ハマサンゴ、アオサンゴ、ハナガササンゴ、ミドリイシ、キクメイシ、アザミサンゴなど、数百種類といわれる豊富なサンゴ礁が見られる。f:id:YOSHI88:20210728162342j:plainf:id:YOSHI88:20210728162424j:plainf:id:YOSHI88:20210728162454j:plainf:id:YOSHI88:20210728162703j:plainグラスボートで川平湾を30分ほど遊覧し、海中の神秘的な世界を堪能する。

f:id:YOSHI88:20210728163146j:plain川平湾を後にし、40分程で石垣空港へ。

新石垣空港

f:id:YOSHI88:20210728165401j:plain新石垣空港は、2006年10月に着工し、2013年3月に開港。

f:id:YOSHI88:20210728165559j:plain愛称は「南ぬ島(ぱいぬしま)石垣空港」。

f:id:YOSHI88:20210728165724j:plainラウンジもない小さな空港だが、綺麗で清潔感があり、お土産の店は充実している。 

f:id:YOSHI88:20210728165821j:plain石垣空港10時50分発の日本トランスオーシャン航空70便に搭乗。

f:id:YOSHI88:20210730220543j:plain天気も良く、上空からの眺望も素晴らしい。

f:id:YOSHI88:20210730173509j:plain中央の大きな島が多良間島、上部の細長い島が水納島

f:id:YOSHI88:20210730173540j:plain伊良部島。左手に、空港の滑走路が見える。

f:id:YOSHI88:20210730173604j:plain宮古島の上部と、池間島

f:id:YOSHI88:20210730173624j:plain慶良間列島座間味島(中央)、安室島(その下)、阿嘉島(左中央)、慶留間島(その下)。

f:id:YOSHI88:20210730173649j:plain沖縄本島近くの伊江島

f:id:YOSHI88:20210730173738j:plain羽田空港に13時30分無事到着。

(終わりに)

初めての沖縄は、本島を通り越して八重山諸島からだったが、巡った5つの島は、それぞれに特徴があって魅力的だった。

広大なマングローブ林に圧倒された西表島、外国の南の島に迷い込んだような由布島、サンゴの石垣に咲くブーゲンビレアの集落が絵になる竹富島、高台の展望台から眺める川平湾の絶景が印象的な石垣島、ハテルマブルーの穏やかで美しい海に感動した波照間島、どれもがここでしか味わえない貴重な体験でした。

特に、波照間島はオプショナルツアーだったが、南の最果ての地を比較的自由に観光でき、とても満足。今度は、西の最果ての島、与那国島へもチャレンジしてみたい。

日本最南端の旅〜沖縄・八重山諸島(石垣島・西表島・由布島・竹富島・波照間島)〜(4)

昨秋、日本南端の島々、沖縄・八重山諸島を旅しました。島巡りのターミナルとなる石垣島から、西表島由布島竹富島の順に巡り、最後に有人島として日本最南端に位置する波照間島へ。

f:id:YOSHI88:20210608124726j:plain

今回は、「ハテルマブルー」と称される美しい海が印象的な日本最南端の地⑤波照間島です。

[3日目]

ツアー3日目は終日自由行動。オプショナルとして「日本最南端の有人島 波照間島ツアー」に参加する。  

f:id:YOSHI88:20210715163729j:plainホテル(アートホテル石垣島)で朝食後、送迎バスで離島ターミナルへ。

f:id:YOSHI88:20210716121515j:plain八重山諸島へ渡る船会社は3社あるが、波照間島までの航路を運航している会社は安栄観光の1社のみ。

f:id:YOSHI88:20210719190605j:plain石垣港11:50発の安栄観光の高速船「あんえい88号」に乗り込む。

f:id:YOSHI88:20210715163841j:plain昨日も見つけた石垣島にある白い灯台

f:id:YOSHI88:20210719194753j:plain竹富島の横を通り、

f:id:YOSHI88:20210719193828j:plain西表島近くまで来ると、かなり波が強くなってくる。

f:id:YOSHI88:20210719193939j:plain昨日は、天候不順のため、波照間島までの便が欠航したらしい。今朝起きるまで高速船が運行できるか心配だったが、不安を吹き飛ばすような良い天気。

f:id:YOSHI88:20210716122000j:plainf:id:YOSHI88:20210715164238j:plain
約80分程で波照間港に到着。

波照間島

f:id:YOSHI88:20210715164316j:plain波照間島は、「果てのうるま(サンゴ)」という意味からその名がついたといわれる。

f:id:YOSHI88:20210715164356j:plain既に安栄観光のバスが停車している。運転手と地元女性ガイドに、ツアー客7名ほどの総勢10名弱で出発。

学童慰霊碑

f:id:YOSHI88:20210715181139j:plain波照間港からバスに乗って間もなく見えてくる「学童慰霊碑」。太平洋戦争の際に波照間島の島民は西表島の東側にある浜へ強制的に疎開させられたが、この時多くの子供がマラリアで命を落とした。この子供たちの霊を慰める碑。

コート盛

f:id:YOSHI88:20210715185745j:plain琉球石灰岩を積み上げた建造物で、琉球王朝時代に海上を監視していた歴史ある火番所。標高約60m(コート盛は約4m)の頂上からは波照間島を一望でき、晴れは日には遠く西表島も見ることができる。

 

 居酒屋あがん

f:id:YOSHI88:20210715164839j:plain昼食は、地元で人気の居酒屋。店名の「あがん」とは、波照間の言葉で芋のこと。

f:id:YOSHI88:20210715164559j:plain店内は、テーブル、カウンター、お座敷があり、意外と広い。

f:id:YOSHI88:20210715164634j:plain定番の八重山そばは、あっさりとした味わい。

f:id:YOSHI88:20210715164716j:plain店の近くで、山羊と遭遇。鎖でつながれており、飼われているようだ。

f:id:YOSHI88:20210715164801j:plain一面に広がるサトウキビ畑 。

f:id:YOSHI88:20210715164912j:plain近くには、ダイニングバーもある。本日泊まりなら、寄ってみたかった。

日本最南端の駐在所

f:id:YOSHI88:20210715164951j:plain建物の上部に、青色で日本地図が描かれてある。波照間島の場所は赤色で表示され、日本最南端の地を実感。

波照間島灯台

f:id:YOSHI88:20210715165028j:plain波照間島の中央部の小高い丘にある。かつては日本で最南端の灯台と称されていたが、2007年、小笠原諸島に位置する沖ノ島沖ノ島灯台が出来てからは、その「最南端」と呼ばれる地位を失い、今はひっそりと年を重ねている。 

風力発電用風車

f:id:YOSHI88:20210716123332j:plain島の北東部にある風力発電用風車。2009年に建てられた国内初の可倒式で、台風などの強風時には倒しておくことで破損防止可能。

波照間空港

f:id:YOSHI88:20210715165151j:plain波照間空港は、以前、石垣空港との路線を開設していたが、2008年に休止。その後、第一航空の就航を見越し、2015年に新ターミナルをオープン。

f:id:YOSHI88:20210715165230j:plainしかし、未だに定期航空路線には使われておらず、緊急輸送等のみに使用されている。

星空観測タワー

f:id:YOSHI88:20210715165304j:plain波照間島は「星空に一番近い島」と言われ、全88星座のうち84星座を観測でき、21個ある1等星も全て見られる島。日本本土では見ることが難しいとされる南十字星も12月〜6月の期間は見ることができる。星空観測タワーは屋上に設けられた開閉式の天体ドームが見事で、200mm屈折式望遠鏡が設置されている。明かりが少なく気流も安定しているこの場所は、絶好の天体観測地。

 日本最南端の証

f:id:YOSHI88:20210715175529j:plain「星空観測タワー」で竹富町観光協会が発行している「日本最南端の証」を500円(税込み)でゲット。

f:id:YOSHI88:20210715181615j:plain広げると、日本列島と八重山諸島波照間島の地図、

f:id:YOSHI88:20210615150818j:plain到達年月日の入った証明書が入っている。

日本最南端の碑

f:id:YOSHI88:20210715165334j:plain日本最南端の碑は、波照間島の南側に位置する高那海岸にある。

f:id:YOSHI88:20210715165421j:plain「波照間之碑入口」と書かれた地点からは、両側が石積みの奇妙な歩道が形成されている。 

f:id:YOSHI88:20210715165615j:plainこのくねくねと蛇行した歩道は「蛇の道」と呼ばれており、日本の全47都道府県から集められた石を散りばめて造られている。これには「戦争で内地と離ればなれにならないように」という切なる願いが込められているそう。

f:id:YOSHI88:20210716124315j:plain蛇の道」を歩いて行くと、その先に「波照間之碑」がある。  沖縄が本土復帰を果たした1972年(昭和47年)に建立された。

f:id:YOSHI88:20210715165656j:plain蛇の道」の近くには、「日本最南端平和の碑」もある。この碑は、1995年(平成7年)に竹富町終戦50年を記念して建てられたもの。

f:id:YOSHI88:20210716124443j:plain蛇の道」の側には「日本最南端の碑」が建立されている。この「日本最南端の碑」は、沖縄返還前の1970年に北海道から日本縦断の旅を敢行した学生が記念に自費で建てたものらしい。言われてみると、字体の特徴だけでなく、「碑」の字を手直ししたような跡も有り、他の2つの碑と比べて手作り感満載。

f:id:YOSHI88:20210715170910j:plain「日本最南端の碑」と隣り合って、日章旗レリーフをはめ込んだ「聖寿奉祝の碑」もあるが、両碑に直接の関係はないようだ。

f:id:YOSHI88:20210715170424j:plain蛇の道の先には、星空観測タワーも確認できる。

高那崎

f:id:YOSHI88:20210716130152j:plain日本最南端の碑がある高那崎は、迫力満点の日本最南端の岬。

f:id:YOSHI88:20210716130315j:plainゴツゴツした隆起サンゴの中を足元に注意しながら進むと、

f:id:YOSHI88:20210716130541j:plain高さ数メートルの断崖絶壁の海岸線が続いている。

f:id:YOSHI88:20210715170844j:plain眼下に広がる紺碧の海。激しい波が豪快に崖に打ち付ける。何やら「火曜サスペンス劇場」のエンディングに相応しい場所のよう(笑)。

f:id:YOSHI88:20210720223515j:plain崖の背後は、フィリピン諸島につながる太平洋の広大な海。 風が強く足場も不安定で、立っているのがやっと。

f:id:YOSHI88:20210715171019j:plain最南端の碑の見学後は、集落の散策。サトウキビ畑の中にポツンとある洒落た標識。

南共同売店

f:id:YOSHI88:20210715171150j:plain波照間島にいくつかある売店の内で、一番古く、かつ最南端(即ち、日本最南端)にあるレトロな売店。あまり広くないが、店内にはスナック菓子や黒糖スイーツなどの土産物がコンパクトに配列されている。

f:id:YOSHI88:20210715171049j:plain売店近くで見つけたバナナの木。

f:id:YOSHI88:20210721112102j:plainこちらは、パパイヤの木。


北浜(ニシハマ)

f:id:YOSHI88:20210715171226j:plain島の北西部にあり、北浜と書いて「ニシハマ」と呼ばれるビーチ。沖縄地方での方言で「ニシ」は「北」の意味。

f:id:YOSHI88:20210715171417j:plainf:id:YOSHI88:20210715171254j:plainパウダーサンドの浜が約1.5km続く。

f:id:YOSHI88:20210717121629j:plainf:id:YOSHI88:20210715171451j:plain波打ち際から沖合にかけて広がる緑と青のグラデーションは、八重山屈指の美しさ。

f:id:YOSHI88:20210717121425j:plain八重山屈指の極上ビーチと言われ、波も穏やか。

f:id:YOSHI88:20210717110831j:plainf:id:YOSHI88:20210717113125j:plainf:id:YOSHI88:20210717113154j:plain思わず吸い込まれてしまいそうな「ハテルマブルー」の絶景。


波照間船客ターミナル

f:id:YOSHI88:20210715171958j:plainf:id:YOSHI88:20210715164442j:plain北浜(ニシハマ)での「ハテルマブルー」の余韻を残したまま、波照間船客ターミナルに戻り、

f:id:YOSHI88:20210715172029j:plain 波照間港16:20発の高速船で波照間島を後にする。 

f:id:YOSHI88:20210717105733j:plain石垣港に戻ってきた頃に遭遇した、西の空に沈みゆく夕陽。f:id:YOSHI88:20210717105839j:plainf:id:YOSHI88:20210717105942j:plainf:id:YOSHI88:20210717110047j:plain波照間ツアーのエピローグを飾るかのよう。


石垣島

f:id:YOSHI88:20210715181911j:plain今夜も730交差点近くの店で夕食。

f:id:YOSHI88:20210715181941j:plain軽めに食した後は、別の店へ。
f:id:YOSHI88:20210715172220j:plain昨日から気になっていた店にも立ち寄る。

f:id:YOSHI88:20210715172251j:plainf:id:YOSHI88:20210715172322j:plainf:id:YOSHI88:20210715172355j:plain石垣牛のステーキは値か張るので、石垣牛のハンバーグにトライしてみる。肉汁が詰まっており、なかなかジューシーで美味しい。 

f:id:YOSHI88:20210721124412j:plain気がつくと宿泊先のアートホテル行きのバスは終了。徒歩だと街の中心部からホテルまでは20分以上掛かるが、商店街を抜けると、あたりは真っ暗闇。月明かりを頼りに、どうにかホテルへと帰還する(笑)。
明日の最終日は、石垣島(川平湾)観光です(続く)。

日本最南端の旅〜沖縄・八重山諸島(石垣島・西表島・由布島・竹富島・波照間島)〜(3)

昨秋、日本南端の島々、沖縄・八重山諸島を旅しました。島巡りのターミナルとなる石垣島から、西表島由布島竹富島の順に巡り、最後に有人島として日本最南端に位置する波照間島へ。

f:id:YOSHI88:20210608124726j:plain

今回紹介するのは、サンゴの石垣に咲くブーゲンビリア等の花々が美しい④竹富島です。

西表島・大原港13:25発のフェリーで竹富島へと向かう。

竹富島

f:id:YOSHI88:20210708131214j:plainおよそ40分程で竹富港に到着。竹富島は、サンゴ礁の隆起によって生じた琉球石灰岩からなる平坦な島。赤瓦屋根の家々、サンゴの石垣、白砂の道、屋根の上のシーサー、原色の花々が咲き、美しい沖縄の風景に触れることができる。

f:id:YOSHI88:20210708131807j:plain竹富島名物の水牛車で島散策へ。竹富島を熟知したガイドが水牛車に一緒に乗り、集落をのんびり案内してくれる。なお、水牛には、それぞれ名前が付いている。ちなみに、この水牛の名はTOMI。水牛車の横に「富」と書いてある。

f:id:YOSHI88:20210708145251j:plain水牛はマイペースで歩く。さっさと歩く水牛もいれば、やる気の無い水牛もいたりする。立ち止まって、おしっこタイムやうんちタイムもある。

f:id:YOSHI88:20210708145422j:plainオレンジの屋根瓦、紫色のブーゲンビレア、青々とした木々。南国の景色の中をゆっくり進む水牛車。どこを切り取っても絵になる町並み。

f:id:YOSHI88:20210708143152j:plain黄色のアラマンダ

 

f:id:YOSHI88:20210708143712j:plain赤色のブーゲンビレアなど、普段見かけることのない色とりどりの花々も咲き乱れている。

たきどぅん(売店)

f:id:YOSHI88:20210708145823j:plain小さな売店たきどぅん。「たきどぅん」とは、竹富島のこと。昭和時代にタイムスリップしたような店では、マンゴー味など幾つかの味があるアイスキャンデーが名物。

f:id:YOSHI88:20210708150740j:plainガイドは、竹富島の伝統、歴史を話したり、三味線の生演奏に乗せて古くから伝わる民謡を聞かせてくれ、非日常的でユニークな時間を満喫できる。一方で、水牛は、徒歩よりもゆっくりしたペースで歩く上に、気まぐれな性格なのか、直ぐに立ち往生。振り返ると、かなりの渋滞が発生している(笑)。

f:id:YOSHI88:20210708144047j:plain沖縄の守り神として民家の屋根にたたずむシーサー。一軒一軒それぞれの表情が違い個性的。

f:id:YOSHI88:20210708152903j:plain舗装されていないサンゴのかけらが敷き詰められた道。サンゴの砂は塩分を含んでいるので、雑草はあまり生えないそう。

f:id:YOSHI88:20210708152841j:plain家の塀になっている石積みの壁もサンゴ。サンゴ同士を純粋に積み上げているだけで、特に接着剤とかは使っていないようだ。

 水牛車乗り場

f:id:YOSHI88:20210708151225j:plainおよそ30分程で「水牛車乗り場」に戻ってくる。

f:id:YOSHI88:20210708144258j:plainサービスで水牛・ガイドと共に写真を撮ってもらい、この写真の入った「水牛車乗車記念証」をゲット。

保育所

f:id:YOSHI88:20210708151331j:plain 水牛車乗り場近くにある「保育所」。南欧風のお洒落な建物。

f:id:YOSHI88:20210708151622j:plain今度は、徒歩で集落を散策。

f:id:YOSHI88:20210708151512j:plain色とりどりに咲き乱れる花々に思わず足が止まり、見入ってしまう。

なごみの塔

f:id:YOSHI88:20210708151644j:plain f:id:YOSHI88:20210708144934j:plain高さ6mの丘に、4.5mの「なごみの塔」。10mくらいの高さになるが、地形が平坦な竹富島では、それでも十分に高く、集落を見渡すことができる。

f:id:YOSHI88:20210708144911j:plain塔からの眺望。赤瓦屋根が連なった竹富島独特の壮観な風景。

あかやま展望台

f:id:YOSHI88:20210708152032j:plain「なごみの塔 」の隣にある展望台。こちらは有料。

f:id:YOSHI88:20210708152122j:plain竹富港16:00発の「スーパードリーム号」で石垣島へ戻る。

f:id:YOSHI88:20210708152157j:plainスーパードリーム号の船内。

石垣島

f:id:YOSHI88:20210708152250j:plain約10分で石垣港に到着。竹富島-石垣島間はあっという間。

f:id:YOSHI88:20210708152220j:plain石垣島の中心部730交差点にある「730記念碑」。

居酒屋

f:id:YOSHI88:20210709153447j:plain今日の夕食は、730交差点近くの居酒屋。

f:id:YOSHI88:20210709153513j:plain石垣島地ビールで乾杯。

f:id:YOSHI88:20210709153543j:plain定番の「石垣島海ぶどう」と「もずく酢」。

f:id:YOSHI88:20210708152411j:plainあっさり目の「ゴーヤシャキシャキ」。

f:id:YOSHI88:20210708152736j:plain西表島産「イノシシのチャンプル」。肉が意外と柔らかい。

f:id:YOSHI88:20210709155524j:plain石垣島美崎牛のサーロインステーキ。石垣牛と比べて価格がリーズナブルでとてもコスパが良く美味しい。

今夜も石垣島・アートホテル石垣島に連泊。明日はいよいよ日本最南端の地、波照間島観光です(続く)。

日本最南端の旅〜沖縄・八重山諸島(石垣島・西表島・由布島・竹富島・波照間島)〜(2)

昨秋、日本南端の島々、沖縄・八重山諸島を旅しました。島巡りのターミナルとなる石垣島から、西表島由布島竹富島の順に巡り、最後に有人島として日本最南端に位置する波照間島へ。

f:id:YOSHI88:20210608124726j:plain

今回紹介するのは、小さな島全体が「亜熱帯植物園」となっている③由布島です。

f:id:YOSHI88:20210630111358j:plain西表島雄大マングローブの風景を堪能した後は、西表島美原にある「水牛車乗場」へと移動。ここから由布島までは約400mほどしか離れていないため、水牛車というユニークな手段で海を渡る。

f:id:YOSHI88:20210630111707j:plain既に数多くの水牛車が所狭しと並んでいる。

f:id:YOSHI88:20210630152658j:plainNo.18の水牛車に乗車。車内は思ったよりも広い。

f:id:YOSHI88:20210630152813j:plain水牛の後姿。直近で見るのは初めてかも。

f:id:YOSHI88:20210701133021j:plain遠浅の海を渡っている間、水牛が用を足したり気まぐれだったり、何度も停車してしまう(笑)。だが、運転手のあんちゃんが三味線を弾きながら民謡などを唄ってくれ、また地平線いっぱいに広がる景色を眺めていると全く気にならない。

f:id:YOSHI88:20210630152920j:plain10分程で由布島に無事到着。水牛とあんちゃんに感謝。

f:id:YOSHI88:20210630153121j:plain由布島は、西表島の与那良川から流出した砂が海流により運ばれ堆積してできた「砂の堆積物」の島。周囲2.15km、海抜1.5mの小さな島で、ゆっくり歩いても一時間ほどで島全体を回ることができる。

f:id:YOSHI88:20210630153158j:plain島全体が「亜熱帯植物園」となっており、その変わった島の地質や亜熱帯という特有の気候から、多種多様な動植物が生息・生育している。昼時ゆえ、先ずは島の中央部にあるレストランへと向かう。

水牛の碑

f:id:YOSHI88:20210630153300j:plain途中にある、大五郎と花子を称える「水牛之碑」。水牛は、台湾からやってきた雄の大五郎と、雌の花子が始まりで、現在島にいる水牛はその夫婦の子孫だとか。いつまでも2頭への感謝を忘れないように。

f:id:YOSHI88:20210630153346j:plain「ハイビスカス」、

f:id:YOSHI88:20210630153522j:plain「オオアリアケカズラ」、

f:id:YOSHI88:20210630153742j:plain「マニラヤシ」等の色とりどりの植物を眺めながら、散策路を通過して昼食会場へ。

レストラン

f:id:YOSHI88:20210701162436j:plainf:id:YOSHI88:20210701162521j:plain社員食堂のようなレストランには、既に幕の内弁当が用意されている。

f:id:YOSHI88:20210630162048j:plain幕の内弁当(アカバナ)。中身は下段右から、豚・鴨の沖縄黒糖煮、海ぶどう、野菜の天ぷら、ウムクジー(紅芋を米粉で和えて揚げたもの)、三色ハムカツ。上段右から、野菜の煮物、季節のチャンプル、ヨウカン(黒糖・フルーツ)、季節のフルーツ。それらと、西表島産・黒紫米入りご飯(古代米)とアーサのお吸い物。思ったより品数が多く、それなりに沖縄の食材も有って満足。

f:id:YOSHI88:20210630154010j:plain食後は、園内を自由見学。

旧校門跡(由布島小中学校の跡地)

f:id:YOSHI88:20210630154204j:plain由布島はかつて小中学校が存在していたが、昭和44年台風による高潮で島全体が水没し、島ぐるみの移転に伴い昭和45年に閉校。その面影が残っているのが、この旧校門跡。

気仙沼市」の杭

f:id:YOSHI88:20210630154245j:plainこの杭は、何と、東日本大震災から9年もかけて西表島に流れ着いたもの。東北地方の気仙沼市の杭がここに有るとは驚きである。

マンタの浜

f:id:YOSHI88:20210630154332j:plain目の前に小浜島が見える「マンタの浜」。

f:id:YOSHI88:20210630154536j:plain由布島小浜島の間の海はマンタの通り道となっており、マンタが良く見られる浜であることからこの名がつけられた。なお、「マンタ」とは、エイの仲間のうちで通常2〜3m位の大きな体をしているもの。

f:id:YOSHI88:20210701181812j:plain透き通る穏やかな波が多くのサンゴを運んで来る。

f:id:YOSHI88:20210701180647j:plain

浜辺の茶屋(由布島茶屋)

f:id:YOSHI88:20210630154625j:plain浜の近くにある由布島茶屋では、コーヒーやジェラートなどを食べながら海を一望することができる。

由布島の井戸

f:id:YOSHI88:20210630154813j:plain由布島は砂が堆積してできた島であるものの、地面を1mほど掘ると真水が出てきたそうだ。現在、由布島の井戸は利用禁止となっているが、現在でも真水が出るらしい。

f:id:YOSHI88:20210701181848j:plain「オオベニゴウカン」、

f:id:YOSHI88:20210701181935j:plain「マニラヤシ」など南国風の植物を眺めながら、蝶々園へ。

蝶々園

f:id:YOSHI88:20210630154907j:plain蝶々園は、沖縄県八重山諸島のみ分布している、日本最大級の蝶「オオゴマダラ」を観察できる園。

f:id:YOSHI88:20210701182006j:plain門の横にさり気なく咲く「ハイビスカス」。

f:id:YOSHI88:20210630155145j:plain温室内には、「サンダンカ」などの様々な植物が生育している。

f:id:YOSHI88:20210701182032j:plain7cm程にもなる日本最大級の蝶「オオゴマダラ」。黄金色に輝く蝶のサナギは残念ながら見られず。

f:id:YOSHI88:20210630155300j:plain他にも、オレンジ色の鮮やかな「スジグロカバマダラ」を観察。

水牛の池

f:id:YOSHI88:20210630155406j:plainここは、水牛車を曳く水牛たちが休憩するための場所。

f:id:YOSHI88:20210701183137j:plain水牛が親子そろって仲良く過ごしている姿や、砂の上で寛いでいる水牛の姿も見られ、微笑ましい。

水牛車待合所

f:id:YOSHI88:20210630161846j:plain園内入口にある「水牛車待合所」。水牛車の出発時間までここで時間を潰していると、添乗員が「近くで変わったカニを発見した」との事。

f:id:YOSHI88:20210702160623j:plain行ってみると、鉢と鉢の隙間に、グロテスクなカニが動いている。

f:id:YOSHI88:20210630155520j:plain「水牛車待合所」には、帰路用の水牛車が並んでいる。一羽のトリも名残惜しそうに飛んで来た。

f:id:YOSHI88:20210630155709j:plain帰りも水牛に働いてもらって海を渡り、島内バスで西表島の大原港に戻る。

f:id:YOSHI88:20210703104907j:plainちなみに、最南端の波照間島には信号機が無いため、大原港の近くにあるこの信号機が「日本最南端の信号機」。

次回は、赤瓦屋根の家々、サンゴの石垣が印象的な「竹富島」です(続く)。

日本最南端の旅〜沖縄・八重山諸島(石垣島・西表島・由布島・竹富島・波照間島)〜(1)

昨秋、日本南端の島々、沖縄・八重山諸島を旅しました。島巡りのターミナルとなる石垣島から、西表島由布島竹富島の順に巡り、最後に有人島として日本最南端に位置する波照間島へ。

f:id:YOSHI88:20210608124726j:plain波照間島では、しっかり「日本最南端の証」をゲットしてきました。

f:id:YOSHI88:20210615150818j:plain今回紹介するのは、石垣島(夕食)と、手付かずの自然が残る西表島(マングローブ林遊覧)です。

[1日目]

f:id:YOSHI88:20210611103029j:plain羽田空港14時15分発の日本トランスオーシャン(JAL系列)航空73便で、空路石垣島へ。

f:id:YOSHI88:20210611103117j:plain約3時間ほどで夕刻の石垣空港に到着。早速、夕食会場へ。夕食はホテルではなく、空港からバスで20分ほどのレストラン。

f:id:YOSHI88:20210611103215j:plain石垣島の伝統工芸品・みんさ織の専門店「みね屋工房」と併設された「和琉ダイニングみふね」。到着してから、「みんさ織」の説明が有り、30分程店内を見てから、レストランへの案内。

f:id:YOSHI88:20210615153920j:plain広い会場には予め食事がセットしてあり、端にステージが設けられている。 

食事は「アグー豚や島野菜のしゃぶしゃぶ」。島のブランドポーク・アグー豚、もずく、ポテトサラダ、〆用の平たくもっちりした沖縄そばといったものが並んでいる。

メインのアグー豚のしゃぶしゃぶは、豚本来の旨みを十分に味わうことができ、柔らかい肉質で脂身が甘く、つけダレが美味さをアシスト。もずく酢ではないもずくは、冷たい出し汁に入れて、もずく素麺にするらしい。

f:id:YOSHI88:20210612111901j:plain島野菜のしゃぶしゃぶにつくのは、島もやし、ゴーヤ、ハンダマ、島カボチャ、青パパイヤ、島豆腐等々。「ハンダマ」という紫色の葉野菜(麩の手前)は今回初めて食べたが、キク科の多年草沖縄県民の長寿を下支えする健康野菜。

f:id:YOSHI88:20210612111920j:plainせっかくなので、「石垣牛の握り」も追加で注文。石垣牛は子供のころ出荷され、その土地土地で育ってしまえば神戸牛やら松阪牛などと呼ばれてしまうため、石垣牛と呼ばれる子牛は少なく、貴重。脂が熔けるぐらいでいただくお肉は柔らかくて、脂の甘味が素晴らしい。

f:id:YOSHI88:20210615172341j:plain

f:id:YOSHI88:20210611103453j:plainステージでは三味線による沖縄民謡ショーが開催され、それを鑑賞しながらの食事。

f:id:YOSHI88:20210611103549j:plain食後は、隣にある伝統工芸品・みんさ織の専門店「みね屋工房」を再度見学。

f:id:YOSHI88:20210611103519j:plain花織みんさの風景織額装「石垣ブルー」は、石垣島の海のイメージした風景織りで、平成21年度優秀デザイン賞を受賞。

f:id:YOSHI88:20210611103616j:plain「伝統手織工芸館」では、織機具などが展示されており、はた織り見学や染織体験などの体験もできる。

見学後は15分程バスに乗車し、宿泊先のアートホテル石垣島に到着。

[2日目]

f:id:YOSHI88:20210617201758j:plain「アートホテル」で朝食後、送迎バスで石垣港へ。 

f:id:YOSHI88:20210617201847j:plain

f:id:YOSHI88:20210618125821j:plain10分程で、石垣港離島ターミナルに到着。

f:id:YOSHI88:20210617201958j:plain

f:id:YOSHI88:20210617202045j:plain石垣港8:15発の西表島行「スーパードリーム号」に乗車。

f:id:YOSHI88:20210617202126j:plain石垣島にある白い灯台

f:id:YOSHI88:20210617202206j:plain右手に小さく見える「竹富島

f:id:YOSHI88:20210617202251j:plain細長い「小浜島」を通過し、

f:id:YOSHI88:20210617202322j:plain西表島」が見えてきた。

 西表島

石垣島の西側にある西表島は、県内では沖縄本島に次いで2番目に大きな島。亜熱帯気候に属し、島の約90%が亜熱帯の原生林に覆われている。

f:id:YOSHI88:20210617202413j:plain約40分程乗船し、8時55分に西表島・大原港に到着。

f:id:YOSHI88:20210618100035j:plain下船後そのまま「仲間川遊覧船」へ乗り継ぎ。

f:id:YOSHI88:20210617202719j:plain前方にある仲間橋(県道215号)を通過し、いよいよ「仲間川」の内湾へ。

f:id:YOSHI88:20210617202825j:plain大原港に近い「仲間川」には、海岸線の河口や内湾の多くの場所でマングローブ林が発達し、亜熱帯独特の風景が広がっている。

f:id:YOSHI88:20210617202854j:plain西表島では独特の生態系を維持しており、特別天然記念物の「カンムリワシ」、「イリオモテヤマネコ」、天然記念物の「セマルハコガメ」、「キシノウエトカゲ」、「サキシマハブ」など、多種多様な動植物が生息している。

f:id:YOSHI88:20210617202934j:plain原始の姿をそのまま残す仲間川は、全長約17.5km。マングローブ林の広さは約158ha(ヘクタール)、マングローブ構成種数とも日本最大の規模を誇っている。

f:id:YOSHI88:20210617203013j:plainマングローブ」とはある植物の固有名称ではなく、熱帯や亜熱帯で海の干満により水位の変化を繰り返す“潮間帯”という特殊な環境に生育する植物の総称。沖縄では「漂木(ひるぎ)」「ヒルギ」と呼ばれている。

f:id:YOSHI88:20210617203207j:plainタコの足のような特徴的な根っこの「支柱根」(しちゅうこん)。日本では「ヤエヤマヒルギ」だけに見られる。

f:id:YOSHI88:20210619100912j:plain細い筍が地面から沢山生えているように見える「通気根」。「ヒルギダマシ」の仲間と「マヤプシキ」の仲間の根っこで、葉っぱと同様に光合成を行なっている。

f:id:YOSHI88:20210617203605j:plain人が膝を曲げたような形の根っこの膝根(しっこん)。沖縄県内では「オヒルギ」に見られる。

f:id:YOSHI88:20210617203929j:plain絶滅危惧種の「クロツラヘラサギ」か?。

f:id:YOSHI88:20210617204020j:plain河口近くでは、カヌーを楽しむ人達も。

「仲間川遊覧船」で40〜50分程遊覧して雄大マングローブの風景を堪能した後は、「由布島」に渡るため、西表島美原の水牛車乗場へ島内バスで約30分の移動。

f:id:YOSHI88:20210617204125j:plain途中、西表島唯一の町立中学校「大原中学校」を通過。

次回は、亜熱帯植物の楽園「由布島」です(続く)。 

国内旅行回想録1989年〜青森・秋田(後編:十和田湖、大湯環状列石、黒又山)

初めての海外旅行(トルコ)から1か月後の1989年6月、青森、秋田のミステリースポットを訪ねました。「キリストの墓」やエデンの園と言われる「迷ヶ平」から、さらに国道454号を北西に進み、約17kmで十和田湖へ。

十和田湖

秋田と青森の県境にある十和田火山の噴火によってできたカルデラ湖。最大深度327m、日本の湖で3番目の深さを誇り、冬でも凍らないことから「神秘の湖」と呼ばれる。

瞰湖台

f:id:YOSHI88:20210505124451j:plain十和田八幡平国立公園の瞰湖台。

f:id:YOSHI88:20210505124549j:plainこの展望台から、十和田湖と左右に突き出た御倉半島や中山半島を一望できる。

f:id:YOSHI88:20210413105454j:plain十和田湖最深部にあたる「中湖」。

f:id:YOSHI88:20210505124704j:plain中央に細長く伸びているのが「中山半島」。

f:id:YOSHI88:20210505124610j:plain 右側から突き出ているのが「御倉半島」。

御前ヶ浜

f:id:YOSHI88:20210505124917j:plain十和田湖南部の湖畔に位置し、観光施設や食事処、土産売り場が集まるエリア。

f:id:YOSHI88:20210505124831j:plain静かな湖の景色や湖畔の自然林を真近に眺めることができる。また、遊覧船の発着所にもなっている。 

f:id:YOSHI88:20210505125025j:plain湖上に浮かぶ日本庭園のような小島「恵比寿大黒島」。この島は、十和田火山の活動の際の中央火口丘溶岩が露出したもので、中には神社(大黒神恵比寿神社)もある。

f:id:YOSHI88:20210413105629j:plainブロンズ像「乙女の像」。十和田湖のシンボルで、高村光太郎の最期の作品。湖水に映る姿をイメージして、2体の同じ像が向かい合っている。十和田湖の観光で最も立ち寄る人が多い定番スポット。

発荷峠展望台

f:id:YOSHI88:20210506115932j:plain十和田湖南端の標高631mの峠にある展望台。

f:id:YOSHI88:20210506120016j:plain標高631mの峠から眺める十和田湖はまさに絶景。

f:id:YOSHI88:20210506115956j:plain雄大な湖の広がり、カルデラの外輪山を正面に見ることができる。

 大湯環状列石(ストーンサークル)

f:id:YOSHI88:20210413113153j:plain大湯環状列石は、十和田湖秋田県大館市を結ぶ国道103号線から看板が出ているところを県道に入って2kmほど進んだ所にある。周囲は果樹園に囲まれ、のどかな光景が広がっている。 

f:id:YOSHI88:20210413113218j:plain大湯環状列石は、秋田県鹿角市にある縄文時代後期(約4000年前)の遺跡。1931年(昭和6年)に発見され、約130メートルの距離をおいて東西に対峙する「野中堂遺跡」と「万座遺跡」で主に構成されている。 

野中堂遺跡

f:id:YOSHI88:20210413113124j:plain野中堂遺跡では、自然の大小の河原石を組み合わせて、内側と外側との二重の大きな環状列石帯が形成されている。外側の環状列石帯の直径は40mで、内帯の近くに「日時計」といわれるものがある。 

f:id:YOSHI88:20210413113336j:plain中央にある日時計」といわれる組石。

f:id:YOSHI88:20210413113404j:plain外側にある環状列石帯(ストーンサークル)の一部。

万座遺跡

f:id:YOSHI88:20210505125705j:plain万座遺跡も、同様に、内側と外側との二重の大きな環状列石帯で形成されている。外側の環状列石帯の直径は52mで、野中堂遺跡の外側環状列石よりも大きい。 写真は、外側環状列石帯の一部。

f:id:YOSHI88:20210505125538j:plainまた、万座遺跡の周囲には、「住居址」と思われる11個の柱穴が発見されている。さらに、周囲からは、土偶や土版、動物形土製品、鐸形土製品、石棒、石刀などの祭祀用道具が数多く出土している。


黒又(クロマンタ)山

f:id:YOSHI88:20210418145440j:plain

大湯環状列石の北東方向に、黒又山(クロマンタ山)が見える。「クロマンタ」とは、アイヌ語で「神の森」の意味。標高280.6mの小さな山であるが、きれいな円錐状の形をしている。また、頂上にある神社から数10メートル真下まで空洞が確認されており、古代に造られた和製のピラミッドという説もある。この周辺では古来より発光現象やUFOの目撃情報が多数報告され、また、大湯環状列石との関連性も一部で指摘されている。

(終わりに)

今回、30年以上前の東北旅行を振り返ってみると、キリストの墓、迷ヶ平、十和利山、大湯環状列石黒又山など、改めて十和田湖周辺に神秘的なスポットが集中しているように思う。

f:id:YOSHI88:20210514221140j:plain

また、キリストの墓の近くには、「大石神ピラミッド」もある。

f:id:YOSHI88:20210514220602j:plain

f:id:YOSHI88:20210311223600j:plain十和田湖周辺には、人類誕生から始まる教科書では教わらなかった歴史に関する何かがあるような気がしてならない。

大石神ピラミッド」も当時は立ち寄れなかったが、今度足を運んで自分なりに検証してみたいと思っている。

国内旅行回想録1989年〜青森・秋田(前編:キリストの墓、迷ヶ平、十和利山)

初めての海外旅行(トルコ)から1か月後の1989年6月、青森、秋田のミステリースポットを訪ねました。その辺りに、キリストの墓やエデンの園、日本のピラミッドがあると言われても、眉唾物と全く信じられない人も多いでしょう。ミステリー好きの友人と、青森県八戸駅からレンタカーに乗り、自分たちの目で確かめに行きました。

キリストの墓

f:id:YOSHI88:20210424123438j:plain謎の墓は、青森県三戸郡新郷村(旧戸来村)にあるとされている。八戸から十和田湖に向けて国道454号を車で1時間ほど走り、新郷村に入る。

f:id:YOSHI88:20210413104941j:plain地元では「キリストの里」として認識されているようだ。

f:id:YOSHI88:20210413105003j:plain「キリストの墓」と書かれた道路標識を見つける。 

f:id:YOSHI88:20210413105027j:plainここから、傍道を登っていく。右手には、ひっそりと「キリストの聖泉」と書かれてある。湧水か??

f:id:YOSHI88:20210413105054j:plain丘を登っていくと案内板がある。「イエスキリストは21歳の時日本に渡り12年間修行を重ねた後、ユダヤに帰り神の教えを説いたが受け入れられず、十字架に処されそうになる。しかし、弟のイスキリが身代わりとなり、キリストは再び日本の地を踏み、戸来村に住居を定めて106歳まで生きた。」という驚くべき事が書かれてある。また、墓は二つあり、向かって右手にある『十来塚』はキリストを、左手にある『十代墓』はイスキリを祀ったものとしている。

十来塚

f:id:YOSHI88:20210413105151j:plainこちらは「十来塚」と呼ばれるキリストの墓。 

f:id:YOSHI88:20210413105220j:plain墳墓の上に、木製の十字架が立てられている。『竹内文書』で知られる竹内巨麿らが1935年8月に戸来村(当時)を訪れ、笹に埋もれていたこの塚をキリストの墓と断定したようだ。真偽の程は不明だが、木漏れ日の中に佇む十字架が神秘的で神々しい。

十代墓

f:id:YOSHI88:20210422172146j:plainこちらは「十代墓」と呼ばれ、ゴルゴダの丘でキリストの身代わりになって処刑された弟のイスキリなる人物の墓とされている。

f:id:YOSHI88:20210422173213j:plain墳墓に木製の十字架が立てられたのは1963年のこと。村では毎年6月の第一日曜日に「キリスト祭」が行われ、「ナニャドヤラ」という意味不明の節回しの祭唄で墓を囲んで踊るのが恒例となっている。 ちなみに、訪ねた日は1989年6月10日の土曜日。「キリスト祭」は僅か数日前の6月4日だったようだ。

資料館

f:id:YOSHI88:20210413105401j:plain近くの資料館には、竹内文書写本や『キリストの遺書』など関連資料や、村でかつて使われていた農耕具や衣服などが展示されている。説明文によれば、昭和30年頃まで戸来地方の男子農民が着用していた作業着はパレスチナ地方の牧童や農夫の農作業衣にそっくりとのこと。

f:id:YOSHI88:20210426124528j:plainここは元々、村の旧家・沢口家代々の墓所の一角。村役場の話によると、沢口家には、目が青く鼻が高い日本人離れした風貌の人物もおり、村人の間で「天狗が住んでいる」と言われていたという。また、沢口家の家紋は、上の写真に示すように、ダビデの星(ユダヤの紋章)と似ている。

また、村の地名や風習がユダヤの風習やヘブライ語と結び付けられて語られている。 

(1)「戸来」の地名

この地が合併して新郷村になる前の村名は「戸来(へらい)村」。戸来はヘブライから転化したものといわれている。そう言えば、この辺りには、「三戸」「五戸」「八戸」など「戸」の付く地名も多い。

(2)十字架にまつわる風習

村には、赤ちゃんを初めて外に連れ出す時、額に墨で十字を書く風習がある。また、足が痺れた時は人差し指につばをたっぷり付けて足に十字を三回書く。さらに、亡くなった人を埋葬すると、その上に3年間は十字の木を立てる風習もある。

(3)父母の呼称がヘブライ語

村では、父親を「アヤー」、母親を「アッパー」と呼ぶ。これはイスラエルでの呼び方と似ている。

(4)踊唄「ナニャドヤラ」もヘブライ語

「キリスト祭」の踊唄で唱えられ意味不詳とされる文句「ナニャドヤラ、ナニャドナサレテ、ナニャドヤラ」は、米国に住んでいた神学博士の川守田英二という人物によれば、古代ヘブライ語で「汝の聖名を褒め称えん、汝に毛人を掃蕩して、汝の聖名を褒め称えん」という意味の軍歌だと指摘している。

このような村の風習に鑑みれば、キリスト本人が日本に渡来したかは別にして、古代にユダヤ人がこの地にを訪れたのは事実と言えるのではないだろうか?

 迷ヶ平

f:id:YOSHI88:20210413113948j:plainキリストの墓のある新郷村から、さらに国道454号により十和田湖方面へと向かう。この辺りは、鬱蒼とした原生林に覆われ、静寂で神秘的な雰囲気が漂っている。

f:id:YOSHI88:20210413114114j:plain途中で「迷ヶ平自然休養林」と書かれたドライブインに到着。

f:id:YOSHI88:20210413114035j:plain「迷ヶ平」は、青森と秋田の県境近くで、十和田湖の外輪山の一つ十和利山の麓にある。

竹内文書」によれば、かつてこの辺りに華麗な都が栄えていたという。

また、創世記2章には『主なる神は、東の方のエデンに園を設け自ら形づくった人をそこに置かれた』と記されており、十和田湖周辺の「迷ヶ平」こそ神が人類を創造した「エデンの園」であるという驚愕の説もある。

なお、上地図の一番下に「エデン沼」という表記があって気になり調べてみたが、何も分からなかった。一体何を意味しているのだろうか?

十和利山

f:id:YOSHI88:20210413114012j:plain正面に見えるのが「十和利山」。標高990mで、十和田湖の南東に位置する山である。十和利山は、酒井勝軍によって、葦嶽山に続き第2の「日本のピラミッド」として認定されている。言われてみると、人工的に加工されている様に見えなくもない。

右手にある店の旗につられて「キリスト餅」を購入。小麦粉とソバ粉に荏胡麻をつけて炭火で焼いた、独特の味わいの串もち。正直、あまり美味しいとは思わなかった(笑)。なお、「キリスト餅」の名前がキリスト教組織からクレームが付いたため、最近では単に「串もち」と呼んでいるらしい。

f:id:YOSHI88:20210413114139j:plain十和利山の入口にある鳥居。中に神社などの建物は無いようだ。

この後、十和田湖大湯環状列石(ストーンサークル)などを訪ねます(続く)。